「五輪反対と主張したら「出て行け」 闇と対峙した71歳」

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以下、朝日新聞デジタル版(2021/5/3 14:00)から。

 新型コロナウイルスによる死者が1万人を超える中、今夏の東京五輪開催に向けた聖火ランナーが日本列島を縦断している。そのことに無批判なメディアに懸念を示すのが、1998年の長野冬季五輪からずっとオリンピックの闇と対峙(たいじ)してきた長野市の染織家、江沢正雄さん(71)だ。「国策」に物言えぬ空気は戦時と似ていないか。憲法が保障する市民の自由や権利は生かされているのか。きょうは74回目の憲法記念日

「なかったこともあったことにするのでは」
 長野市内を聖火ランナーが巡った4月1日、沿道で東京五輪に反対する声を上げた市民団体「オリンピックいらない人たちネットワーク」のメンバーのひとりが江沢さんだ。聖火リレーの映像を配信するNHKの特設サイトでこの音声が約30秒間途切れたことに対し、「意図的に消された」と抗議。説明を求めている。

 このコロナ禍では、「人流を抑えることが重要」と言いながらタレントらを走らせ、結果的に密をつくっている。「国民の命が大事」と言いながら、やっていることは逆ではないか。

 世論調査でも多数が今夏の五輪開催に否定的で、いま必要なのは五輪の「重し」をとって新型コロナウイルス対策に集中し、五輪に費やすカネを生活困窮者らに分配すること。そんな思いで、他国の五輪招致で反対派が用いた「Breads Not Circuses!(サーカスよりパンを)」の横断幕も掲げ、街頭で意見を表明した。

 今回のNHKによる「30秒消音」にこだわるのは、あったことをなかったことにするメディアは、なかったこともあったことにするのではという危機感から。戦時、新聞は真実を伝えずに大本営発表の耳あたりのいい言葉で国民をあおり、戦争に動員していった。「国策」五輪のためなら、少数意見は排除しても良しとする民主主義の根幹に反することをしているのではと問いたい。

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江沢正雄さんの話
 「オリンピックいらない人たちネットワーク」は1998年開催の長野冬季五輪に反対する立場から、89年に立ち上がった。長野県や長野市などによる招致委員会は86年の発足。招致に成功して91年に解散するまでに使った費用は、県の交付金などを原資に計約27億円にのぼり、IOC委員らへの高額接待も明らかに。さらにその使途を記した会計帳簿は、招致委事務局幹部が焼却処分したとされる。

 五輪関連の開発から飯綱や戸隠の自然を守りたいと反対運動を始め、89年の長野市長選には妻が「五輪反対」を掲げて立候補した(五輪推進派の現職10万3650票に対し、次点の妻は1万5406票)。「長野から出て行け」と中傷の電話が相次いで借家も追われ、県内で選挙ポスターの印刷を引き受けてくれる先も見つけられなかった。学識者やメディア、町内会や学校も取り込んで「県民の総意」なるものを作り上げていく、異論を許さない同調圧力の怖さを感じた。

 世界各国で五輪問題と向き合う人たちと交流し、長野に来てもらったり、私が出向いたりしてきた。ノルウェーの大学の先生は、環境の側面から反対する市民らの意見に耳を傾ける姿勢が当局側にあり、「小さな声も聞いた上で結果を出していった」と話し、モノ言えぬ空気を作っていく日本との違いを感じた。ブラジルの関係者が語っていた、スラム街からの住民の追い出しなど五輪が人権に及ぼす影響も重大だ。

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情報公開や住民監査請求などを駆使
 長野冬季五輪の中身がほとんど市民に知らされていないと、江沢さんは情報公開や住民監査請求などを駆使した。招致委への県交付金の返還訴訟を起こし、帳簿処分問題では招致委会長だった当時の知事らを公文書を毀棄(きき)した罪で94年に地検に告発した。2000年に就任した田中康夫県政のもとで設置された第三者機関の県調査委員会は、帳簿の一部と見られるコピーを県庁内で発見した。

 憲法国民主権に情報公開は必要不可欠だと思う。憲法21条の表現の自由を保障するうえで国民の知る権利は欠かせず、情報公開はこれを担保するものだ。ただ、実際にあるものを「不存在」とするなど、権力側に「都合の悪いものは隠す」という意思が働けば制度は機能しないことを、私の経験や森友学園問題での公文書改ざんなどが教えてくれている。

 改めて権力をチェックするために憲法は存在する、ということを認識し、その憲法を生かすための不断の努力を続けていきたい。(北沢祐生)