The Rising Sunset

 その骨董市のひとつの店頭に、古本が無造作に入ったボストンバッグが床に置いてあって、その中の一冊に、表紙が私の興味を引いたものがあった。
 その表紙の絵は、戸外で鉄条網を背景に、日本兵と思える上半身裸体の男が右手で日本刀らしいものをふりあげていて、手前には、おそらく戦争捕虜の、上にあげられた両手だけが描かれている。その日本兵は鬼のような形相だから、おそらく捕虜を恫喝しているのだろう。
 本の題名は、The Rising Sunsetと、ある。
 Rising Sunは、いわゆる「日章旗」「日の丸」のことだから、「日本」を指すことが少なくない。
 Rising Sunは、「昇り行く太陽」だから、いわば常用的な表現だ。「沈む太陽」、「日の入り」のことをsetting sunとは言うけれど、Rising Sunsetとなれば、いわばこれは形容矛盾であり、常用の使い方ではもちろんない。
 だからThe Rising Sunsetは、一種意表をついた表現で、「日の出だと思ったら、日の入りだった」というようなニュアンスが感じられる。あたかも「日の出」のように、第二次世界大戦で破竹の勢いと思われた日本軍が、結局敗戦で、いわば「日の入り」「斜陽」を迎えることになった、という感じだ。
 表紙の上にはone of the grimmest yet most human stories of the warとあって、これは「最も残酷だが、戦争下で起こった最も人間的な話のひとつ」ほどの意味だ。私はその場に腰を下ろして、このボロボロの本を読んでみることにした。
 これを書いたケン=アティウィル(Ken Attiwill)という著者を私は全く知らないけれど、彼は4年間、ジャップ(差別語)の捕虜担当者からいじめや拷問にさらされ、日本の収容地での生活を余儀なくされたけれど、牢獄の中でも希望を捨てずに、仲間のことを念じながら自由の精神を忘れることはなかった、とある。この話は1942年の3月に始まり、長崎に原爆が落とされ、まさに日本の日の入り(斜陽)を見たところで終わっていると筆者が書いている。
 さらに前書きは1957年春にロンドンで書かれたらしく、斜め読みすると、この筆者は、ジャワと日本で囚人だったのだが、これはすでに12年も前の話になる。過去の過ちから学ぶことは知識の重要な部分である。もしこの報告が出版され、もし日本人の誰かの手に渡ったとしたら、思慮深く読んでいただきたい。悲しみをもって、人間性に対する負債の償いをしていただければと思う。そして、「二度とこうしたことが起こらないように決意してもらいたい」(determine never to let such things happen again)と、ある。
 私はこの本を買ってみることにした。
 「この本を買いたいのだけれど、いくらですか」と聞くと、担当の男性は、「1ドルだよ」("Dollar.")とぶっきらぼうに言った。
 私は自分が日本から来たことや、この本がPOW(prisoners of war)のことを扱っていることや、私の率直な気持ちを述べると、横にいた女性が頷いてくれた。1ドル貨幣で支払って、私はその古ぼけた本を自分のバックパックに入れた。
 骨董市は、こうした人間の歴史の流れが感じられる人間臭い場所なのである。だから、私のように、外見でガラクタ(junk)などとは口が裂けても言ってはいけないマオリの視点を別にすれば、おそらく歴史が短く、歴史意識に飢えているキーウィーが大切にしているものの一つなのだから。