「ハリウッド性的被害、止まらぬ公表 告発噴出の背景は」

f:id:amamu:20051228113104j:plain

 朝日新聞デジタル版(2017年11月25日11時42分)から。

 米ハリウッドの大物プロデューサーに対する告発をきっかけに、有名俳優や監督からの性的被害を公表する動きが止まらない。告発された側の多くが、作品や活動を通して女性やマイノリティーの地位向上を訴えてきただけに「リベラルの偽善があらわになった」との批判も出て、影響は広がる一方だ。

 「被害者の訴えを聞いた人の責任は、加害者と仕事をしないことです」。11月上旬、一連の問題を受けて米CNNが放送した公開番組で、俳優のジェシカ・バース氏が訴えた。1時間の番組には学者や議員らも続々と登場し、観覧席からは質問も相次いだ。

 発端は10月、ハリウッドの大物プロデューサー、ハーベイ・ワインスタイン氏(65)が数十年間、女優やスタッフらに性的嫌がらせや強姦を繰り返していたと報じた米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)などの記事。アカデミー賞作品を数多く生み続けてきた有力者を前に、「公にすれば業界で生きていけなくなる」と被害者も沈黙し、内々の金銭解決などにとどまってきた事態が明るみに出た。俳優のアンジェリーナ・ジョリー氏(42)やグウィネス・パルトロウ氏(45)らも過去の被害を公表。「輪」は100人以上に広がる。

 長すぎた沈黙の裏には、見て見ぬふりをしてきた周囲の映画関係者の存在もある。2013年のアカデミー賞ノミネーション発表会場で、司会を務めたコメディアン、セス・マクファーレン氏(44)は助演女優賞候補を読み上げ「おめでとう。これでもう、ワインスタインに惹(ひ)かれているふりをしなくていいね」と皮肉まじりの祝辞を述べた。

 映画関係者らは「品がない」と司会ぶりを批判。ワインスタイン氏への追及には向かなかった。マクファーレン氏はツイッターで今年10月、当時、監督作品「テッド」(12年)に出演した冒頭のバース氏から被害を打ち明けられて「この機会に手痛い一撃を」と考えた、と当時のいきさつを明かした。

 ワインスタイン氏は事実上の「業界追放」となり、ロサンゼルス市警などが捜査している。11月には米誌ニューヨーカーが、ワインスタイン氏が告発を抑えるためにイスラエルの元女性スパイを被害者らの元に送り込んだと報道。俳優のケビン・スペイシー氏(58)やベン・アフレック氏(45)、ダスティン・ホフマン氏(80)、オリバー・ストーン監督(71)らに対する告発も広がり、作品公開の見合わせにも発展している。

リベラル派に批判

 この問題をめぐり、思わぬ批判にさらされているのがリベラル派だ。

 ハリウッドはもともと、民主党支持者が目立つ。大統領選など主要な選挙の時には有力者が同党の政治家らに多額の資金を投じてきた。ワインスタイン氏もオバマ前大統領やクリントン夫妻らに寄付を重ねており、オバマ氏の長女を自身の会社にインターンとして迎えている。AP通信によると、同氏や一族による民主党や同党政治家らへの寄付総額は1992年以降で140万ドル以上。女性やマイノリティーの権利を訴える「ウィメンズマーチ」にも参加している。女性監督の育成奨学金として、南カリフォルニア大学に500万ドルを寄付する予定にもなっていた。

 報道を受けて、民主党の下院選挙運動委員会などはワインスタイン氏からの寄付総額と同額を性的被害に取り組むNPOに寄付。関係の「清算」に躍起だ。

 一方、オバマ氏やヒラリー・クリントン氏の当初の反応は鈍かった。非難声明が出たのは報道の5日後。少数者の権利を主張してきた立場だけに「遅すぎる」と米メディアの批判にさらされた。トランプ政権のコンウェイ大統領顧問やトランプ氏長男のトランプ・ジュニア氏(39)も皮肉のツイートで応酬した。

 矛先は、リベラル派として知られる俳優たちにも向けられている。

 ワインスタイン氏ら製作の映画『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(97年)でアカデミー脚本賞を受賞した俳優マット・デイモン氏(47)は当初、「(性的暴行について)見たことはないし、(そうであれば)止めていた」としていたが、後に「グウィネスの件はベン(・アフレック)から聞いていた」と語って批判された。さらに、以前にこの問題を取材した記者が「ワインスタイン氏に頼まれたデイモン氏らから当時、電話があった。その後、記事はボツになった」と証言。デイモン氏は「記事については知らなかったし、止める意図は決してなかった」と否定に奔走するはめに。ツイッターでは「#HollywoodHypocrites(ハリウッド偽善者)」のハッシュタグが生まれている。

日本のテレビでは被害者中傷も

 なぜ今になって告発が噴出するのか。指摘されるのが、ネットフリックスなどの動画配信サービスの隆盛だ。大きな予算をかけたオリジナル作品が人気を呼ぶにつれて劇場に足を運ぶ人は減り、スタジオを中心とした既存の米映画業界は相対的に力を弱めている。

 ハリウッドで長く仕事をしてきた東京在住の映画プロデューサー、ブルース・ナックバー氏(55)は「映画事業が落ち込み、ワインスタイン氏が『スターにしてやる』『言うことを聞かなければ仕事ができなくなるぞ』と脅しを利かせる力もなくなった」と指摘する。

 さらに、「女性蔑視発言が明るみに出たトランプ大統領への反発から、声を上げる機運が出た」とナックバー氏。「反トランプ」のうねりがリベラルの「内部告発」を後押しした、と米メディアも指摘している。スウェーデンでも俳優のアリシア・ビキャンデル氏(29)らが性的被害の意見広告を出すなど、流れは世界的に広がっている。

 日本では追随の気配はない。10月放送のフジテレビ系の情報バラエティー番組「バイキング」では司会者らから「女優さんから行ったパターンもあるんじゃないんですか」「枕営業的なね」などと、ワインスタイン氏を擁護するだけでなく、むしろ告発者を中傷するような発言も出た。

 ナックバー氏は「数十年前の米国も似た状況だった。日本には俳優の組合もなく、声を上げづらいのだろう」とみる。東京の映画配給会社社長は言う。「業界にワインスタイン氏と同じような人物はいる。公になっていない分、よりひどいとも言えるだろう」(藤えりか)