「武力あるから紛争が…不戦に転じた元中将、肉声音源発見」

 以下、朝日新聞デジタル版(2018年5月14日13時46分)から。

 元陸軍中将で、戦時中は軍の中枢を歩み続けながら、戦後は一転、平和活動に身を捧げた遠藤三郎さん(1893〜1984)の肉声を記録した音源が、福岡県飯塚市の武富慈海さん(69)方で見つかった。庶民目線で戦争の記憶を伝え続ける「兵士・庶民の戦争資料館」(同県小竹町)を開いた、武富さんの父の故・登巳男(とみお)さんが34年前にインタビューし、平和について語り合った。

 収録は84年2月19日に埼玉県狭山市の遠藤さん宅であった。遠藤さんが亡くなる約8カ月前のこと。約2時間分のやり取りがカセットテープに収められた。
 陸軍偵察部隊に所属していた登巳男さんは、42年にインドネシア・ジャワ島に置かれた飛行団で、団長だった遠藤さんと知り合った。遠藤さんは戦後、再軍備反対や日本国憲法擁護を訴え、平和運動に取り組み、資料館館長の登巳男さんとも交流を続けた。
 このインタビューは、慈海さんが知人に会うために上京した機会に、登巳男さんらを狭山の遠藤さん宅に連れて行き、実現した。
 資料館では憲法記念日に合わせて毎年遠藤さん関連の企画展を開催しており、今年も準備をしていた。4月中旬、慈海さんがテープの存在を思い出して探したところ、自宅一室の段ボールの中から見つかった。

(後略)


<遠藤三郎>
山形県出身。関東軍の作戦参謀、陸軍航空士官学校長などを歴任。敗戦を迎えた45年は、軍需省航空兵器総局長官だった。47年2月から約1年間、戦犯容疑で巣鴨プリズンに入所。戦後は農業に従事しながら、日中友好、護憲や反戦などの運動にかかわった。著書に「日中十五年戦争と私―国賊・赤の将軍と人はいう―」(1974年、日中書林)など。


(小田健司)