「「令和の不平等条約だ」 日米貿易協定、「成果」に疑念」

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以下、朝日新聞デジタル版(2019/12/4 5:30)から。

日米貿易協定は駆け足の議論で発効する
 今国会の焦点の一つだった日米貿易協定の承認案が3日、参院外交防衛委員会で自民、公明の与党と日本維新の会の賛成多数で可決された。4日の参院本会議で成立し、来年1月1日に発効する見通しだ。成果を急ぐ米トランプ政権にせかされて議論は駆け足で進んだ。政府は「日米双方にとってウィンウィン(両者が勝ち)」だと成果を強調し続けたが、国会審議では「不都合なデータ」を出そうとしない姿勢が浮かんだ。日本にとって不利な内容ではとの疑念は拭えぬままだ。

 「審議を通じて明らかになったことは、協定は最初から国民無視が前提、国民への説明責任放棄が前提という真実だけだ」(野党統一会派小西洋之氏)

 「日本ひとり負けの、『令和の不平等条約』だ」(無所属・伊波洋一氏)

 この日の外交防衛委の最後の討論で、野党は不満をあらわにした。10月の国会審議入り後、衆院に続き参院でも政府が議論の土台となる根拠やデータをほとんど示さなかったからだ。

 今回の協定で、日本政府は貿易額ベースで日本側の84%、米国側の92%の関税が撤廃されると説明する。米国からの輸入では、牛肉や豚肉などの農産品の関税が環太平洋経済連携協定(TPP)の加盟国並みに発効と同時に引き下げられ、日本からの輸出品は工業品を中心に下がる。最大の輸出額を占める自動車やその部品の関税については、政府は撤廃が確約されているとする。だが、協定の関連文書には英文で「さらに交渉する」とあるだけで、撤廃時期も書かれていない。

 野党は、約束されたのは「さらなる交渉」で、関税撤廃ではないと追及。だが政府は、協定本文と合わせて読めば、撤廃は約束されているとの説明を繰り返すだけで具体的な根拠は示さなかった。

 国会審議入り前に政府が公表した、協定による経済効果試算はその自動車関税の撤廃が前提だった。関税撤廃率も同じ前提で、世界貿易機関WTO)が求める9割程度とされる基準に見合うと説明した。これに対し、野党は自動車関税が撤廃されない前提での経済効果試算と関税撤廃率を要求したが、政府は「合意内容に反する」(渋谷和久・内閣官房政策調整統括官)との理由で拒み続けた。

 トランプ大統領がちらつかせてきた、安全保障を理由にした米通商拡大法232条に基づく輸入自動車への高関税措置についても、政府は「日米首脳会談でトランプ氏に(発動しないことを)確認した」と説明。野党がこの「約束」を確認するために、日米首脳会談の議事録の提出を求めても応じなかった。トランプ氏は大枠合意後の記者会見で、追加関税の発動について「現時点では(発動しない)」と留保をつけて説明をしており、発動の恐れは残っている。

独自試算で「水増し」判明
 こうした状況の中、朝日新聞は11月、今回の協定で日本が米国に輸出する際にかかる関税がどれほど減るか独自に試算し、報道した。政府が年2128億円とした削減額は、自動車関連関税を除くと1割ほどの260億円前後にとどまるとの結果が出た。

 牛肉や豚肉など米国が重視した農林水産品を日本が輸入する際の関税は、TPP加盟国並みに即時に引き下げられる。政府は、農林水産品の関税撤廃率を品目数ベースで公表し、「日米貿易協定では、TPPよりも45%幅低い数字に抑えた」と交渉の成果を強調している。だが、経済への影響との関わりが深い貿易額ベースで独自に試算したところ、撤廃率の低下は10%幅ほどにとどまった。政府の数値は、実際には輸入が無い品目の関税撤廃を見送ることで、「水増し」したものであることが判明した。

 鈴木宣弘・東大院教授(農業経済学)は、「政府は一貫して、都合の良いデータだけを開示し、不都合なデータの公表は拒んだ。その結果、国会の議論が深まらなかった」と話す。

 審議入り後、日米貿易協定を今国会の焦点と位置づけていた野党も、「桜を見る会」の問題が発覚した後は、重心を徐々にそちらに移した面もあった。参院外交防衛委の野党筆頭理事・羽田雄一郎氏は3日の委員会終了後、採決に応じた理由について「(政府から)資料が出てこないなかで、これ以上やってもはっきり言ってかみ合わない。堂々巡りだ。我々としては断固反対という結論を出させてもらった」と述べた。(北見英城、大日向寛文)

二国間交渉「あり得ない」、一転
 日米貿易協定の交渉から合意、成立への流れは、2020年11月の大統領選を前に成果を急ぎたいトランプ大統領の思惑通りに進んだ。

 16年の大統領選で当選したトランプ氏は、TPPからの離脱と二国間交渉を重視する姿勢を打ち出した。日本は、当初「TPPは米国抜きでは意味がない」(安倍晋三首相)との立場。二国間交渉が始まれば米国に押し切られることを見越し「応じることはあり得ない」(内閣官房幹部)と、多国間のTPPを優先してきた。

 しかし18年5月、米国が米通商拡大法232条に基づく輸入自動車への高関税措置の検討を表明すると、同年9月、日米は貿易協定の交渉入りで合意した。交渉を始めなければ「トランプ氏が怒って高関税措置を打ってくる」(日本政府幹部)恐れがあった。

 二国間での「包括的な自由貿易協定(FTA)」を結ぶことを避けてきた政府は、この協定を物品貿易協定(TAG)と呼び、「FTAとは異なる」(安倍首相)と説明した。

 19年4月に実質的に始まった交渉は、同年8月に首脳間の大枠合意に至った。

 協定はこれから、物品分野以外の他の貿易などについて扱う「第2段階」に進むことが決まっている。日本政府は第2段階で、継続協議となっている自動車関税の撤廃について話し合うと説明する。

 ただ協議を再開すれば、トランプ氏が輸入車への追加関税の「脅し」をかけつつ、農業分野などでさらなる譲歩を求めてくる可能性が高い。日本側は、米牛肉の関税など米側に押し返すための主要な「交渉カード」を第1段階で使ってしまった。協定の付属文書には「米国は将来の交渉において、農産品に関する特恵的な待遇を追求する」と明記された。協議を始めたくないのが、日本の本音だ。

 トランプ氏は「(交渉は)第1段階に過ぎない」と訴え、包括的なFTAをめざし、更なる譲歩を引き出す「第2段階」への意欲を強調している。来年11月の大統領選までは交渉を本格化させる機運は高まらない見通しだが、再選すれば状況は変わる。米国では「トランプ氏は2期目も232条を掲げ続け、(第2段階の交渉で)日本は極めて困難な事態に直面するだろう」(自動車団体幹部)との見方が出ている。(金成隆一、ワシントン=青山直篤)