佐々木実著「市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像」を読んだ。
もう17年も前の話になるけれど、アオテアロア・ニュージーランドに8カ月ほど滞在していたことがある。
帰国してみると、日本の政治はさらにおかしくなっていて、印象としては、やるべきことをやらずに、やらなくてもよいことをやっている政治に見えて仕方なかった。構造改革…。民営化…。まさにアベコベ政治という違和感を感じる日常であった。あのアベコベ政治の違和感は、言い換えれば、新自由主義的政策による違和感ということに総括されるのだろう。
そして、新自由主義的経済政策の推進は、憲法が照らす国民主権・基本的人権・平和主義という法思想の破壊*1、ひいては立憲主義への破壊とつながっている。
民主党政権との政権交代後の2012年からの安倍・菅政権は別にして、政権交代前の政権をみるとそれぞれ以下のように短命政権であるという印象が強い。
小渕恵三内閣(1998年~)、森喜朗内閣(2000年~)、小泉純一郎内閣(2001年~)、安倍晋三内閣(2006年~)、福田康夫内閣(2007年~)、麻生太郎内閣(2008年~)、安倍晋三内閣(2012年~)、菅義偉内閣(2020年~)、岸田文雄内閣(2021年~)。
それは、ひとつに、1999年の小渕恵三第二次改造内閣の頃より、自公連立政権となったことにあらわれている。権力維持装置として、公明党と野合しなければ、政権が維持できない。いまや自民党による単独政権は不可能となっている。
また、ひとつには、民主党政権との政権交代がおこなわれたことにも表れていると言えるだろう*2。
つまり、自民党は、公明党という全く違う政党と野合しなければ政権を維持できないほど、そして選挙結果次第では、政権交代が起こるほど、その基盤が弱体化しているといえるだろう。
そもそも自民党政治は、国民の要求と矛盾する。自民党は、非正規雇用者など、弱い立場の国民を救う政策を実行しようとはしない。金持ち優遇を維持し、むしろ格差を広げた政党と言わざるをえない。
ただし、政権を維持するには、選挙に勝たなければならない。国民の支持をとりつけなければならない。
権力が選挙に勝つためには、あらゆる手段を動員することに熱心なのは当然だ。
いまや基盤が弱体化した自民党は、政治不信による低投票率に期待しつつ、権力の補完勢力を抱き込みながら、国民をいかにだますのかに苦心している哀れな政党になれ果ててしまった。
さて本書のサブタイトルにある「「改革」」に憑かれた経済学者」とは、竹中平蔵氏のことである。
以下は、本書の目次の全てではないが、本書の目次のいくつかをひろってみただけで透けてみえるかもしれない。
「銀行員から経済研究委員に」「他人のものを取り込む才」「政治家への接近」「アメリカの強力な支持を盾に」「ある公認会計士の死」「郵政マネーに目をつけたアメリカ」「経済学的論拠が薄弱だった「構造改革」」「ブッシュ政権を支えたジャパンマネー」「改革利権に手を染めた経営者」「「かんぽの宿」疑惑のプレーヤー」「ミサワホームの怪」「改革は止まらない」。
本書の内容をひとつだけ紹介すると…。
郵政民営化をすすめる根拠が薄弱で、世論調査でも「郵政民営化」への関心がきわめて低いとき、竹中がテレビ出演をして民営化の必要性を説いてまわった。そのとき政府広報事業を請け負っていたのは電通である。ときの政府は、そのテレビキャンペーンのために電通に約一億四千百万円を支払ったという(p.252)。
また政府資料によれば、法案審議開始(2005年5月下旬)以前に、全国紙3紙の新聞に約2500万円(2004年)。さらに全国紙5紙に1億7千万円(2005年1月)。「文芸春秋」「日経ビジネス」などの雑誌にそれぞれ約500万円。ラジオに約6000万円。インターネットに約3300万円。パンフレット製作に2000万円。政府広報以外にも、『郵政民営化「小さな政府」への試金石』という本をPHP研究所から出版している(p.253)。
「郵政民営化ってそうだったんだ通信」という新聞折り込み広告も約1億5600万円かけて製作された。テレビタレントのテリー伊藤と竹中が登場し、「竹中さん、郵政民営化ってぼくにもよくわからんのよ、ちゃんと説明してよ」とテリー伊藤が尋ねると「喜んで(笑)。郵政民営化って、わたしたちの町と暮らしを元気にするためのもの」と「竹中が民営化の必要性をわかりやすく解説していく」…(p.254)。
「法案の内容も定かでないのに後方に前のめりになる竹中に与党内からも批判の声が出ていた」という。
さらに、世論づくりのための広報戦略が暴露された。
「IQが高く、構造改革に賛成」の「A層」。「IQが低く、構造改革に賛成」の「B層」。「IQが高く、構造改革に否定的」な「C層」。「構造改革に反対」で「IQが低い」層には、アルファベットさえつけておらず、それぞれの層が分析され、「郵政民営化の政策的意味など理解できない層をターゲットに、「民営化賛成」の意見をもつように刷り込む広報活動を徹底的に展開していけばよい」と考えていた。「実際、金融部門の売却を最重視しているはずの竹中が、「郵政民営化って、わたしたちの町と暮らしを元気にするためのもの」とにっこり笑いながら説明する広報になっていた」が、郵政民営化は、日本国民のためのものではなかった。むしろ、日本国民以外のためのものだったといわざるをえない。
当時ブッシュ政権で国務副長官をつとめていたロバート・ゼーリックは、竹中のカウンターパートであった。
小泉政権時代に竹中大臣のもとで仕事をしていたある元官僚は、竹中大臣とこんなやりとりをしたことがあるという。
「『構造改革』には明確な定義がありませんね」
「ないんだよ」
「なにをやれば『構造改革』を実施したことになるのですか?」
「海外で普通にやられていて、日本ではやっていないこと」
たしかに自治体破綻法制にしてもアメリカが導入していた制度だった。アメリカが未曽有の金融危機に突入しているさなか、「日本郵政はアメリカに出資せよ」などと提言できたのも、同様の発想からなのかもしれない。(本書p.323)
「非戦闘地域とはどこ」と聞かれて「自衛隊が出動しているところです」と答えた小泉元総理はかなりのポピュリストだ。郵政民営化を問う選挙だと喝破して圧勝した。
俳優出身のロナルド・レーガンが大統領となったのは1981年1月。その2カ月後の3月、竹中はハーバード大学客員教授となり、妻と娘と初めてのアメリカでの生活を始めた。偶然だが、私もこの年の8月から翌年3月まで英語集中講座を受けるためにアメリカ合州国に滞在した。はじめての外国だった。豊かなはずのアメリカ合州国に物乞いやホームレスがいることに驚いた。「一億総中流」とは考えていなかったが、日本のほうがより格差社会でないという印象をもった。
そうした日本の「公」(コモン)を壊してきた一人が竹中平蔵なのだろう。
本書を一読して、国の政策を動かし、いまやパソナグループの取締役会長として大儲けしている竹中という”経済学者”の生き方が、庶民の暮らし・国民の生活向上のための経済学を学んできたとは到底思えない*3。
わたしたち国民は、「改革」というコトバを使うポピュリストに騙されてはならない*4。
*1:自公政権の悪政によって憲法を破壊する動きが進んでいる。アベコベ政治によって、たとえば「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」という憲法25条が尊重されているとは言えない。
*2:民主党政権の時期とは、鳩山由紀夫内閣(2009年~)、菅直人内閣(2010年~)、野田佳彦内閣(2011年~)。
*3:まずは自分でやってみると自助を最大限に強調していた菅義偉元首相も竹中平蔵氏をブレインとして信頼していたようだ。これが経世済民の経済学でないことは明白だ。日本学術会議の任命拒否問題で6人の学者を排除したのも菅政権であった。排除は御用学者でないことの証明になっているともいえよう。
*4:新自由主義からの転換を主張する岸田新首相によるデジタル田園都市国家構想。だが、会議の構成員には、「小泉構造改革」の旗振り役であり、安倍・菅政権でも重用されたパソナグループの取締役会長の竹中平蔵氏が名を連ねている。