「(対論 安全保障法制:3)丹羽宇一郎氏、大橋光夫氏」

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 以下、朝日新聞デジタル版(2015年9月22日05時00分)から。

 安全保障関連法が成立した19日、経団連榊原定征会長は「我が国を取り巻く安全保障環境は一層厳しさを増している」などとして歓迎するコメントを出した。ただ、ビジネス面については触れなかった。安保法の存在は、世界中で取引する日本企業にどんな影響を与えそうか。特に最大の貿易相手国で、多くの日本企業が進出している中国との関係をどうみるか。中国大使の経験もある前伊藤忠商事会長の丹羽宇一郎氏と、長く経団連の政治委員長を務めた昭和電工最高顧問の大橋光夫氏に論じてもらった。


 ■想定外の国、敵に回すかも 前伊藤忠商事会長・丹羽宇一郎

 安保法の成立は、日本の経済界としては喜ぶべきことではない。多くの憲法学者違憲だと言っている。これから各地で違憲訴訟が続発して混乱するのではないか。自治体でもいろんな問題が起きてくるのではないか。政治に波風が立つことは、経済界としてもやりにくくなる。

 国民が政権に対して非常に不信感を持っている。海外から「日本はどういう国になるのか」と警戒され、「同じような製品ならば日本から買わなくてもいい」となりかねない。安倍政権の経済政策にとっても、プラス材料にはならない。安倍さん、急いでどこに行くつもりなのか?

 違憲だと指摘される法律をつくってまで日米同盟を強化した。いったんは穏やかだった中国も、「軍国主義化だ」と反発するだろう。中国の経済界は韓国などを重視し、「日本は頼りにならない」と考えるかもしれない。そもそも誰が見ても戦争に近づく法律で、個人的にも反対だ。

 一番の問題は、考えてもみなかった国を敵に回す可能性があることだ。米国が「敵」とする相手は、すべて日本の敵になりうる。テロの標的にもなりかねない。どこかの国から経済制裁を受けても大変。それがどうして日本の安全と平和に役立つのか。

 日本は世界のすべての国と平和で自由で安定した取引をしなければならない。どの国とも仲良くやるのが日本の立ち位置だ。資源にしても食料にしても、あらゆるものを海外から買っているからだ。

 一方の米国は、他国とけんかをしたとしても自活できる。これが日米の大きな違い。仮に日本が食べられなくなっても、米国がきちんと面倒をみてくれればいいが、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉でもめているほどで期待できるわけがない。どう考えても、戦争に近づくリスクは日本にとってのリスクだ。

 そんななか、米中首脳会談が開かれる。大国同士が日本を飛び越え、恐らく内容の濃い話し合いをする。経済面で日本は取るに足らない存在だという雰囲気にならないか、心配だ。(聞き手・宮崎健)

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 にわ・ういちろう 伊藤忠商事で社長、会長を歴任。経済財政諮問会議の民間議員や地方分権改革推進委員会委員長も務めた。民主党政権時代の2010〜12年に日中国交正常化後初の民間出身の中国大使となった。15年6月から日中友好協会会長。76歳。


 ■中国を仮想敵、得策でない 昭和電工最高顧問・大橋光夫

 日本の安全保障は、日米同盟が前提にある。5年前や10年前と比べて国際環境が明らかに変わったという認識に立てば、「国民の生命財産を守るには、安保法制が必要だ」と同盟の強化を訴える安倍政権の考え方は理解できる。

 ただ、国民の理解が十分ではないと政権側も自覚しながら、それでも決めざるを得なくなったのは政権と自民党のためにも残念だ。もっと正面から政権の悩みやつらさを吐露し、もろもろの選択肢を提示しながら「これしかないので」と訴え、国民の理解を深めてから決めてほしかった。自衛隊員も、国民の支持があって初めて、自信を持って任務を遂行できる。

 安保法制は短期的に中国を刺激することにもなる。経済面で、中国への投資や取引が多い企業にはマイナスの影響が出るかもしれない。従って、今後は長期的な視点に立って、中国との信頼関係をどうやって築くかが重要になる。

 中国を仮想敵国とするのは、日本経済にとっても得策ではない。経済的なパイプをより太くするため、中国への投資だけでなく、中国から日本への投資も増やし、相互依存を一層高める必要がある。

 いまは中国の対日投資は不動産がほとんどだが、研究開発投資を促し、日本市場でも勝負できるぐらい産業構造を高度化してもらう。それにより、日中の信頼関係が向上し、国家間の緊張を緩めることになる。

 安保法制がいまのリスクを回避できても、10年先20年先の中国はもっと強大な国になっている可能性が高い。日本は防衛力強化だけに頼らず、中国が国際社会で柔軟に政策を遂行できるよう支えることが大事だ。

 日本には戦後70年で築き上げた国際的な信用がある。「日本が言うなら調停に応じよう」と思わせるような国でなければならない。いままで第三者的な立場だった国際紛争に、フィリピンのミンダナオ和平合意のときのように武力を使わず、仲裁役としてもう一段積極的に関与することも必要だ。そうした実績を積み重ねることが、日本の抑止力につながっていく。(聞き手・小林豪

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 おおはし・みつお 昭和電工で社長、会長を歴任。2006〜12年には経団連の政治委員長も務めた。11年から交流協会(日・台湾)会長、日中経済協会副会長。父は元衆院議員(自民)で労相、運輸相などを務めた故大橋武夫氏。79歳。