金石範「民族・ことば・文学」を購入した

「民族・ことば・文学」(1976)

 金石範「民族・ことば・文学」を京橋・三中堂で購入した。三日ほどで読み終える予定。

 俺の買ったものは初版本で、初版年度は1976年11月10日。

 支配者のことばを使ってそこから自由になるというのは、どういうことなのか。敵の武器を奪ってそれで敵を倒さねばならぬゲリラ戦法にも似て、ことばを捨てぬ限り活路はそういうところに見出す他はないだろう。それは日本語によって、その日本語のもつ呪縛力を切りはなし、自己解放をとげようとするきわめて矛盾したやり方である。(p.13)

しかし究極の解決は、理論的な作業で実践的な方法を与えられながらも実作の場でするしかない。書くことの持続によってしか、それぞれの道程における解決の証しは得られないものだと私は思う。(p.18)

 私はこれらの問題を私なりに考えてきた。そして、在日朝鮮人作家は日本語の呪縛から自らを解放し、日本語の枠の中で自由でありうるのであり、そしてその解放の条件を前提にして、「日本語に食われながら、かつ日本語の胃袋を食い破る」方向に向って自分を解放してゆくべきだということを、いくつかのエッセーで書いてきた。(p.24)

 いま私が在日朝鮮人文学という場合、ただ個々の作家が在日朝鮮人だからそれで在日朝鮮人文学だというふうの、個々のものとしてのそれを意味してはいない。各々の作家の個性、そして作品世界の内実のちがいなどの個別性を越えてなお、総体としての在日朝鮮人文学の存在根拠を求めているわけだ。それは日本語で書かれていながら、なおかつ日本人作家によってつくられた日本文学とはちがう異質のものを持つものとしての独自性のある文学のことである。逆にいえば、在日朝鮮人作家が日本人作家と異なる条件は、単に創造の主体が一方は朝鮮人で他方は日本人だからということにあるのではなく、彼らによって算出される文学が日本人作家のそれとはちがうということが明らかにされるところにあるのであり、そのとき在日朝鮮人作家は独自の文学をつくりうる存在であって、そしてそれゆえに彼はまさに作家なのだ。(p.38)

 私はよく例にあげるのだが、たとえば外国文学と日本の読者のことがある。日本語に翻訳された外国文学は、ことばを基本にしていえば、ある意味では日本文学だともいえるだろう。しかしまた一方では翻訳されているにも拘らず、外国文学としてあるわけだ。その外国文学に接する場合の日本の読者は、作品を日本的な嗜好や感覚ではかろうとはしない。それがたとえなじみの薄い世界ではあっても、読者の方が想像力を発揮してその作品に接近せねばならぬという姿勢がそこには見られる。つまり読者は賢明にもはじめから、その作品に対して客観的な立場に立ちえているといえるのだ。ところが、在日朝鮮人文学に接する場合には自明のものとして日本文学だという前提、あるいは安心感がある反面で距離感がないために、無意識のうちに自分に向いて作品の方から歩みよってくることを期待してしまう。もちろん、それがいわゆる外国文学でもなければ、なお日本語で書かれているために、そのような要求があっても無理だとはいえぬだろう。しかし、おしなべてそうであってはその文学の持つ実体を見失うことになってしまうのだ。(p.38-p,39)