「言語」と「言語活動」、そして「演繹的アプローチ」と「帰納法的アプローチ」

 言語学習を山登りにたとえることは、それはあまり論理的とはいえないかもしれないけれど、山の頂上に到着するためには、いかなる道具も使っていいし、何をしても、何を選んでも構わない。このように考えると、外国語を教えるにあたって、学習者の条件を考えて、たくさんのことを考慮しないといけない。
 相手は、大人なのか、十代なのか、子どもなのか。外国語を習うということは、しばしば、学習者を子どものように感じさせるものだから、プライドのことも考えないといけない。学習意欲に燃えている生徒なのか、それほどでもないのか。学習者の母語は何か。学習者の、好みの教材は何なのか。考えるべき条件は山ほどある。
 イギリス語に熟達した学習者たちは、「演繹的アプローチ」*1と「帰納的アプローチ」*2の両方を使っていると思う。もし、文法や規則をすでに学んでいるなら、それは素晴らしいけれど、それで完全でも充分でもない。流暢なコミュニケーターになるには、「言語活動」を経験しなければならないのだ。実際の発話の流れに、すなわち、「リズム」と「スピード」についていけるだけの「(言語的な)パワー」が求められるのである。繰り返すが、それが語彙力と文法力だ。
 それとは反対に、文法や語彙の知識なくして、いわゆる「トータルエマージョン」メソッドに身を置いたとしても、置かれた人間は、どうしていいかわからないというのが関の山だろう*3。もしその学習者が、向学心が旺盛なら、よく知らない言語的現象のいくらかを拾い上げることはできるし、それを身につけることも可能だ。しかし、文法という点において、知識があれば、さらにもっとレベルの高いコミュニケーターになりうることに疑問をはさむ余地はない。
 このように、学習者には、基礎的な文法が必要だ。しかし、文法に重きを置きすぎてもいけない。これは向上心に燃える学習者に対して、ひとつのよいアドバイスになりうる。
 日本で英語教師になってからというもの、私はグラマートランスレーションメソッドを基本にイギリス語を教えてきた。ときに、古典的過ぎるかと思った時もあったが、他に選択肢はなかった。第一に、私たちの社会が、単一民族社会ではないけれど、それに近く、私たちの社会では、イギリス語に接することはめったにないこと。最近では、家庭でケーブルテレビを通じてCNNなどを観る機会が増えたし、インターネットにアクセスすることも多くなったが、それでも我々の社会では、エグゼクティブやビジネスマンでもなければ、イギリス語は基本的に必要ない。我々は常に日本語で生活しているし、私のような英語教師ですら、日本ではいつも日本語を話しているのだ。だからこそ、英語教師は「言語」と「言語活動」を同時に教えないといけない。日本は外国語に関しては言語的に孤立化しているので、(一番身近な朝鮮語アイヌ語だって、大衆的にはあまり関心が寄せられないお国柄だ)英語教師は「言語活動」を導入するという課題をいつも意識化しないといけない。歌やテレビや映画、そして電子メール、インターネットを導入しないといけないというのは、(事実可能な限り私は教育実践の中でそうしようとしてきたが)そういう文脈からだ。こうした「言語活動」は必ずや生徒に、「リズム」「スピード」「パワー」が重要だということを感じさせ、意識化させずにはおこない。私が言うところの「言語活動」における重要な三要素である。
 この仕事を得てからというもの、いくつか疑問を抱えているのだが、例えば、何故、イギリス語では、「羊」(sheep)や「鯉」(carp)や「魚」(fish)を数えないのか。何故、こうした名詞の複数形がないのか。あるいは、イギリス語の中で、「カラオケ」は数えるのに、何故「サムライ」は数えないのか。おそらく、カラオケはイギリス語化していて、「サムライ」はそうではないのだろうが、私にはよくわからない。
 こうした矛盾した言語的現象を私は非難しているのではない。ただ、全ての規則には例外がつきものだということを指摘しておきたいのだ。ゆえに、私たちのできることといったら、言語的現象にただただ慣れるしかないということが往々にしてある。このこともいいアドバイスの一つにならざるをえない。私たちが扱おうとしているのは、論理的であると同時に矛盾に満ちた言語というやっかいなものに他ならないのである。
 文法を学んでもよいが、時に文法を忘れることも大事なのである。

*1:"Longman Dictionary of Language Teaching & Applied Linguistics"に"learning by deduction""DEDUCTIVE LEARNING"という用語が掲載されている。

*2:"Longman Dictionary of Language Teaching & Applied Linguistics"に"learning by indeduction""inductive learning"という用語が掲載されている。

*3:今の私のマオリ語学習がこれに近い。