担当教授から少しほめられた私のCALL個人史

 CALLの課題の中で、大学でCALLを修了させた学生が、教育現場に入り、CALLを活用して外国語教育をすすめようとする際に、大学から離れても、引き続きどのように自分を鍛えて再教育していっているのかという個別質問があった。読書課題に指定されたある論文に引用されているアンケート調査によれば、「同僚」「ウェブ閲覧」「書籍」「学習会」「TESOL Journalなどの定期刊行物」と続いていた。ここは個別のことを書かないといけないので、私自身のコンピュータ個人史を次のような内容で書いておいたら、ほんのちょっぴりだけど、担当教授から褒められた。

 「今でも私はコンピュータに詳しいわけではないのだが、1990年頃に東芝のラップトップコンピュータ(Dynabook 02E)*1を購入して以来わたしはコンピュータを使い続けている。当時、私は全くといってよいほどコンピュータを知らず、どう扱ってよいのかわからなかったのだが、高田正純氏の『データベースを使いこなす―英語でとる世界情報 (講談社現代新書 (765))』(講談社現代新書)という日本語で書かれた本を1985年頃に読んだ際に、『これだ』と思った。というのは、ハイテク技術によるパソコン通信がいかに素晴らしいものであるのか、ホワイトハウスなどのデータベース・他の各図書館やアーカイブにどのようにしてアクセスしたのか、さらに海外に住む人々とどのようにして夜な夜なチャットをしたのかが、この本の著者によって紹介されていたからだ。
 当時私はイギリス語を教える若い教師の一人として、悩み、苦しんでいた。実際、この仕事を何度辞めようと思ったかしれない。何故かというと、第一に、前にも述べたように、われわれの国は地理的に孤立しているのと同じように、言語的にも孤立しているようにみえるからだ。私自身も含めて、われわれは日本語でいつも話をしている。今学んでいるこの言語をいつの日か自分が喋れるようになれるなんて、生徒たちは、はなから信じていない。第二に、イギリス語を話す人たちとコミュニケートする機会を充分に持てていないという単純な理由から、教師自身、生徒がイギリス語を話せるようにするために充分訓練され資格を持っているとは言いがたい。第三に、とりわけ、広範囲にわたる語彙習得をし、読解力をつけなければならないという点で、イギリス語をきっちりとマスターしない限り、大学進学希望者は生き残れない。つまり、大学進学のためにだけ学生たちはイギリス語を必要としている。そもそも日本においてイギリス語は、「第二言語」でなしに、「外国語」として把握されているし、おそらくコミュニカティブアプローチなるものに存在意義を見出せないということから、コミュニカティブアプローチを導入するのは極めて困難であると私自身は考えていた。
 けれども、このハイテクパソコン通信に関する新書を読んで、私は自分の意見を変えた。言語的な視点に限ってことだが、今後コンピュータはわれわれの住んでいる地球を縮小し、ますます狭くしていくだろうと思えたからだ*2。こうして自分自身コンピュータを一台購入しようと思ったのだが、時は1985年頃の話だ。コンピュータがものすごく高価な時代で、私にはとても手が出なかった。
 その後、1980年代末に、ある英語教員の書いた一冊のパソコン通信の本が出版された。それは私と同じような高校教員の一人によって書かれたものだった。この本を読み終えた直後に私はコンピュータを購入することに決意し、購入後、PC-VANのネットワークにログインした。すると、この著者とすぐにオンラインで出会うことになった。それほど、当時のコンピュータネットワークは、狭い世界だったのだ。
 当時の関係でいえば、彼がいわば師匠で、私はその弟子の一人ということになる。1990年頃、彼をはじめとして精力的なネットワーカーであった教師たちから、私は多くを学ばせてもらった。けれども、CALL(コンピュータを使って言語を学ぶ教育学習方法)という点では、私は学校では、英語部の生徒たちをパソコン通信の世界に誘うことくらいしか教育実践としてはやってこれなかった。当時どれだけの困難を我々が抱えていたか、おそらくそれは想像もつかないと思う。なんといっても、学校で電話回線を使う事だって許されていなかった時代のことなのだから。
 1992年以来、私はある英語教科書の編集委員の一人になり、また自分の希望からのことではないが、職場でも主任をやることが多くなってきたことから、非常に忙しくなり、CALLの実践からは全く遠ざかることになってしまった。
 私の場合は大学でCALLを学んだわけではないが、最初は書籍が大いに役立ち、そしてその後は、多くは教員であった精力的なネットワーカー達から多く学ぶこととなった。その後は、単に忙しくなったという理由から、いかなるネットワークにも参加する時間的余裕がなくなり、個人的にはずっとコンピュータを使い続けていたけれども、はっきり言えば、CALLどころではなくなってしまった。
 前にも書いたけれども、ごく最近、立派なコンピュータ教室が私の職場でも設置されることになった。私の職場では、生徒と面と向かって教育することが教育的にみて最も効果的であると考えられているし、私も同様の意見を持っている。同僚には感心するほど熱心な教員が多く、教えるのに充分な資格も、みな持っていると私には思えるし、そのことを誇りにすら私は思っている」

 最後のところは、やはり教育は生徒と教師が面と向かってやるのが本筋で、コンピュータがつくる仮想教室など、はなから信じていないことのニュアンスを込めて私は書いた。
 そもそも私は、コンピュータのためのコンピュータとか、文法のための文法というものが嫌いだ。コンピュータは、「便利な小道具」(gadget)と呼ばれることもあるように、「おもちゃ」(toy)のような側面がある。使っていて楽しいのだ。ただ、それは個人の楽しみにとっておくべきで、教育は教育の原理でものを考えないといけない。教育に必要な課題で、まさにコンピュータでしかできないことに限定して、コンピュータを画期的な道具として活用すべきだというのが、私の基本的な立場なのである。だから、遠隔地にいるとか、何か困難があるなら話は別だが、教室で一度に配ればよい教材を、コンピュータを使って各自個別にダウンロードさせるというような使い方が、私は好きではない。このことはまた別の機会に書くことになると思うので、今日はこれ以上触れないでおこう。

*1:当時、ハードディスクが20MBの「大容量」と宣伝され、私はそれを10MBごとにパーティションで区切り、それぞれ日本語MS-DOSと英語MS-DOSを入れてバイリンガルマシンとして使っていた。

*2:これは厳密にいえば、コンピュータと英語が肩を並べて、ますます英語の一元化現象を世界的レベルですすめていくことを意味する。