あああ、自分にキーウィが入ってる

 オークランド空港近くでは、景色を展望する場所で少しだけ時間をつぶして、夕方7時30分頃に私はモーテルを探し始めた。
 夏の季節は、夜の7時半といっても、まだまだ明るい。
 ベストウェスターンのマークのついたモーテルがあったから、値段を聞いてみた。マオリの女性担当者は90ドル以上の値段を示した。高いという印象が先だったから、額を正確に覚えていない。
このベストウェスターン系のモーテルの客層は、見るところ高齢の夫婦が多いようだった。ベストウェスターンは、アメリカ合州国でポピュラーなモーテル*1だから、アメリカ人夫婦が多いのかもしれない。おそらく私と同じように、青いマークを見て車を泊めたアメリカ人が少なくないだろう。受付からプールが見えて、高齢のカップルが水浴びしていたから、値段相応のサービスが得られそうだ。
 ただ今回私はここに旅行しに来たわけではない。自分が明日飛行機に乗ってどこかに行くわけでもない。
 一晩寝るだけで90ドルは高い。というか、高いと思うように私はニュージーランドで教育されてしまった。
 ホームステイでお世話になっているジュディの顔が常に浮かぶのである。ジュディなら、この値段を聞いて何というか、私には想像がつくようになっている。
 私はすぐこのマオリの女性に、「どこか安いところ、他に知らないかな」と聞いたのだが、すぐそう口に出した私自分に驚いた。こんなことを日本で聞いたら、あまり親切にしてくれないかもしれないのに。それにここは、オークランド空港近くである。ニュージーランドでも、かなりビジネスライクなところだろう。
 ところが彼女は、すぐに、「キーウィインターナショナルなら、69ドルで泊まれるわよ」と、親切に教えてくれた。オークランドも捨てたものではない*2
 キーウィインターナショナルなら、以前車がないときに国際線に乗るために泊まったことがある。けっしてゴージャスなホテルではないけれど、一応バーラウンジなんかもあったはずだ。中堅のホテル、二つ星半という感じだが、69ドルなら結構ではないか。
 私はそう考え、このマオリの女性にお礼を言って、近くにあるキーウィインターナショナルに車で向かった。
 キーウィインターナショナルに行くと、インド人の受付担当者が、一泊99ドルという。
「ええっ、69ドルの部屋があるって聞いたんだけど」と私が言うと、「今日は一杯なんでね」と、嫌味でないかたちで、私に言った。
 99ドルなら、ベストウェスターンの方がましだ。私は再度車に乗らざるをえなかった。
 ベストウェスターンに戻る前に、別のモーテルに入って、値段を聞いてみた。
 アジア系の若い女性が担当者で、彼女に言われた値段が89ドル。何かの会員になっているとディスカウントが得られるというが、会員になるには80ドルくらいかかるらしい。
 礼を言って、「別をあたって、また来るかも」と言って、そのモーテルを出た。こういうときに、嫌味な顔はしない方がいい。いつも笑顔で、ありがとね(Thank you.)の心だ。
 私は、親切だったあのマオリの女性担当者のベストウェスターンにすでに決めていた。
 ベストウェスターンに戻り、「キーウィは部屋が一杯で、99ドルって言ってましたよ」と私が言うと、このマオリの女性担当者は「たしかにホテルの方は99ドルの部屋もあるんだけど、別に69ドルの部屋があるのよ」と言ってくれて、「おかしいわね、電話をしてあげるわね」と、かなり親切だった。
 電話をしてくれた結果、結構込んでいるのは確かなようだが、一部屋だけ空いているという。もし部屋がないと言ったら、私から紹介されたと言ってねと、彼女は最後まで親切だった。
 このマオリの彼女に丁寧にお礼を言って、私はまたキーウィインターナショナルに戻った。
 こういうときは、怒ってはダメだ。
 そもそも、モーテルの値段なんて、あってないようなもの。季節によって値段が違うのは、極々普通のこと。結局は需要と供給のバランスで決まるからだ。
 90ドル台が相場なのに部屋は落ちるのだろうけれど、私のために、69ドルの部屋を用意してくれるのだ。それが今の私の要求なのだから、笑顔で対応しないといけない。
 「69ドルの部屋に泊まりたいのだけれど」と私が先ほどのインド人担当者に言うと、「ああ、あなたが電話の」ということで今回はうまく行きそうだった。受付近くで、「なんだ部屋があるんじゃない」と言っていた家族がいたから、彼は私に対してだけ意地悪で言っていたわけではなさそうだ。とにかくこういうときは前向きに考えないといけない。
 それで「ありがとう」(Thank you.)と彼に礼を言って、部屋の鍵を借りて、前に泊まったことのあるホテルの部屋の方に行こうとすると、部屋番号の掲示に私の番号が見当たらない。
 受付に戻って、一緒についてもらって部屋を案内してもらうと、ホテルとは別棟の方に連れていかれた。こちらには、またたくさんの部屋がある。ひとつ格を落とす感じで、たくさんの部屋を用意しているのだろう。
 それで案内は途中までで、最後は自分で部屋を探した。
 一番はずれの私の部屋のドアに鍵を差し込んで開けようとすると、これが開かない。
 何度やっても開かないので、また受付に戻ると、彼は電話中だった。
 もう、これは笑うしかないので、笑いながら「何千回もやってみたけど、鍵が開かないよ」と言ったら、「だから、部屋はないと言ったんだよ」と、彼は陽気だ。
 どうやら、先ほどのマオリ女性と電話で話をしているらしい*3
 私が笑い転げていたら、このインド人担当者が、「鍵が開かないと言ってさっきの彼が笑っているよ。だから、部屋はないと言ったのに。もしドアが開かなかったら、どう責任をとってくれるの」と、彼も笑って電話をしていた。
 彼と一緒に部屋に向かう際に、「ドアが本当に開かなかったら、テントを持参しているので、この辺の芝生に泊めさせてくれるかな。とても安い特別料金で」と私が冗談を言ったら、「プロパティはプロパティなんで、やはり99ドルだよ」と彼は笑って言った。
 「ええっ」と私も大げさに驚いて対応したけど、こんなやり取りに腹を立てていたらダメだ。
それに不思議と全く腹が立たないのが不思議だ。日本人なら、ふざけるなというところだろう。
これはまずいぞ。自分の中にキーウィ的要素がかなり入ってきてしまっているのかもしれない。
やってもらったら、簡単にドアは開いた。
 鍵を入れすぎないようにして、開けるのがコツのようだ*4
 一番遠い部屋だから駐車場の車をまわして、荷物を運びいれ、再度受付で、モーニングコールを頼んだ。
 車を部屋の前にまわしていいと聞いたら、もちろんと言ってくれたが、「ただし、車内の荷物の管理には責任もちませんので」と、オークランドにあるモーテルらしいことを言った。
 それで、バーラウンジ近くにインターネットのマシンがあるので、2ドルで20分というから、これも若干高めの値段設定だが、メールの送受信に使ってみた。それで、これがヤフーのメールの送信場面になると、どういうわけか送信できない。
 送信できないのはいいとしても、ログアウトできないのは、個人情報が漏れるかもしれないので大いに困りものだ。
 再度、フロントのインド系キーウィを呼ぶと、「これはうちの管轄じゃないので責任はもてない。壊れているのだろう」と言うので、「ログアウトできないのは困るんだけど」と言うと、どれどれとやってみてくれた。
 大体、彼は「ログアウト」の日本語の文字もわからないわけで、「そこじゃなくて、ログアウトはもっと下なんだけど」と、私が指示しても全くらちがあかなかった。
 彼いわく、「誰も日本語なんて読めないから大丈夫でしょ」だって。
 これも普通はクレームものだが*5、すでに私はあきらめている。
 私が何度も試しているときに、彼が張り紙をもってきた。「これを貼ったままにしておいて」と、彼が書いてきた張り紙は、「私は病気です」(I’m sick)だって。「故障中」(out of order)くらいの英語が書けないのか。それとも、これが彼のユーモア感覚か。
 私はもうあきらめることにした。
 前は少しは気取ってバーで飲んだが、バーで飲むにせよ、気取りは全くない。
 洋服も全く構わない。
 最近はかなり暑いので、さすがに今日はサンダルを履いているが、家にいるときも裸足が定着してしまっている。夏は、裸足が気持ちがいい。わたしは裸足のキーウィをすでに笑うことができない。
 車に積み込んできたジュース、缶ビールや、食料。私はキャンプが可能な荷物を積み込んできている。高いところで食事をする気がしない。
 大げさに言えば、全て自前でやるキーウィの基本が身体に身についてしまってきている。
 シャワーを浴びて、テレビをつけっ放しにして、ビールを飲みながら日記を書いていたら、ベイオブアイランズは、土曜日は雨らしい。
 まぁ、これも仕方がないね。天気は、どうすることもできないから。
 それに降っても、またすぐに晴れるでしょう。
 ということで、ますます俺はキーウィの体質に近づいているのであった。

*1:1992年のアメリカ西部自動車周遊旅行の際にベストウェスターン系列のモーテルに何度か泊まったことがある。ローカルなモーテルを、自分の系列にしているらしく、豪勢というのでは全くないが、モーテルの中では値段は少し高めという印象を私は持っている。

*2:ハミルトンに住む人間は、オークランドなんてまっぴらと思っている人間が少なくない。オークランドは人が多くて、道路は混んでいるし、生活が忙し過ぎると思っているのだ。それじゃなければ、車で2時間しか離れていないハミルトンなどに住居を選ばないだろう。

*3:私の推測では、おそらく、あまり親切に教えてあげないでと言っていたのだろう。いずれにしても、二人は同業者通し仲がいいに違いない。

*4:すでに、開けにくい鍵の調節の仕方も彼は先刻承知済みなのだろう。

*5:キーウィは使えないサービスには絶対お金を払わないし、痛んでたり、新鮮でないものにはクレームをつける。スーパーで、例えば少し傷んだイチゴを買うと、店員に「この部分が傷んでますけど」と言われるのが普通である。つまり、あとから予想されるクレーム予防策なのだ。「買ったカキがあまり新鮮でなかったんだけど」と友人に言えば、そういうときに帰ってくる友人の返事は、クレームをつければよかったのにというのが普通の反応だ。