釣った鱒で夕飯を作ってもらう

 久しぶりにホストファミリーのアレックスとジュディに挨拶をして、その日の朝に釣った鱒をみやげに渡した。
 頭*1はそのまま残しておいたが、腸(はらわた)は私がすでに取ってある。2リットルのペットボトルに水を入れて凍らせて、布製のクーラーボックスに入れておいたから問題はない。
 食卓でアレックスとジュディは、私が釣ってきた鱒に感謝しながら、次女の旦那のトムが「この前はラグランでスナッパーを21匹釣った」と私に話をした。
 アレックスは、「今日の食卓は、お金を出して買ってきたものは一つもない。鱒は釣ってきてもらった奴だし、ポテトもインゲンも、野菜は全て自家製だし」と私に言った。
 ニュージーランドは、こうした暮らしが可能なのだ。
 キャンプ生活が長かった私としては、久しぶりのフォークとナイフに文明(civilization)を感じた。

*1:魚の頭を「おかしら」と言ってありがたがるのは、日本人の特徴である。キーウィは魚の頭に特別な意味を込めない。だからキーウィに魚の頭を切らせると、もったいない感じで頭を切り落とす。私のホストファミリーが日本人と一緒に海釣りに行って魚の頭を切り落としてゴミ箱に捨てたら、「頭は、頭はどこにやったの」と、その日本人が大騒ぎをしていたと、笑ってよく話をしてくれた。