「(耕論)試練に立つ民主主義 井筒高雄さん」

amamu2015-07-17


 以下、朝日新聞デジタル版(2015年7月16日05時00分)から。
 ノンフィクション作家・澤地久枝さんの意見「絶望せずにモノ言う勇気を」は割愛した。

 ■「憲法遵守」の誓いに反する 井筒高雄さん(元陸自レンジャー隊員)

 自衛隊員は全て、入隊時に服務の宣誓をします。

 「私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守(じゅんしゅ)し、一致団結、厳正な規律を保持し」「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託に応えることを誓います」

 自民党が推薦して国会に招いた方を含む憲法学者や、「法の番人」と言われる内閣法制局長官経験者、そして国民の多くが憲法違反と考えている集団的自衛権の行使を認める法案は、明らかにこの宣誓文に反するもので、民主主義をないがしろにするものです。命を張って国民の負託に応えることを求められている現役自衛官たちに対する明白な契約違反です。

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 <命軽視の法律も> 私の入隊は、もともと陸上競技を極めたいと考え、自衛隊体育学校が希望でしたが、「体力があるから」と勧められレンジャー隊員になりました。

 3カ月にわたる陸自で最も過酷とされる訓練では、炎天下、小銃を携帯し、完全武装で20キロ走。生きたカエルや蛇を食べさせられる生存自活。敵を暗殺する隠密処理など数々のメニューをこなすことで、外国並みの精強な兵に育てられます。死亡事故が発生することもあり、遺書を書かされます。

 しかし、約14万人とされる陸自隊員のうち、レンジャー経験があるのは5千人ほどしかいません。9割以上が最過酷の訓練には挑戦できない、いわばサラリーマン隊員です。そうした実態で恒久法による海外派兵に耐えられるとは思えません。

 私自身は定年まで働くつもりでしたが、1992年に国連平和維持活動(PKO)法が成立したことで、依願退職をしました。自衛隊の役割が国土防衛から海外派兵まで拡大したわけですが、そうした契約を国と交わして入隊したわけではありません。敵が撃つまで反撃もできず、誤って射殺すれば帰国後、罰則を受けかねないなど、自衛官の命を軽視した法律に我慢がならなかったからです。

 今も、同期の隊員が一線で頑張っています。今回の法案について彼らの本音はなかなか漏れてきませんが、先行きについて最も不安で、懸念を持っているのが、彼ら隊員やその家族であることは間違いありません。

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 <求められる覚悟> 中谷元・防衛相が、今後、自衛隊員が死傷するリスクについて、「これまでも命がけで、これ以上ないリスクを負っている」「変わりない」と答弁。最高指揮官である安倍晋三首相も「今までも自衛隊は危険な任務を担っている」と述べました。新たに海外の紛争に巻き込まれる現場の隊員に寄り添った発言とは思えません。

 士気は落ちるでしょう。これでは「総理が言う、積極的平和主義のため働こう」という気持ちにはなれません。最低限、彼らや家族の本音を聞く機会を、政治家は持つべきです。同時に、万が一の事態の際の補償や、残された遺族に対する年金の支払いなどもきちんとさせなくてはなりません。

 加えて、最低二つの条件を実行することが求められます。まず、全現役自衛官との再契約の実施です。具体的には、本土防衛を前提とした服務の宣誓内容を、集団的自衛権の適用に沿って改訂させ、それができない隊員については、無条件で退職を認めることです。

 もう一つは、やはり全自衛官にレンジャー訓練を義務づけて実施することです。厳しい海外の戦場で対応できる能力を育て、厳しい選別に対応できない人には辞めてもらわねば、本人にとっても、部隊にとっても気の毒です。

 国民にも強い覚悟が求められます。自衛隊任せでは済みません。国内勤務に比べ、はるかに強いストレスにさらされる海外派兵の結果、帰国後の自衛官には最悪の場合、自殺するなどの後遺症が見込まれます。社会全体が心のケアを引き受けなくてはならないのです。(聞き手・編集委員 駒野剛)

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 いづつたかお 69年生まれ。高校卒業後の88年に陸上自衛隊に入り、3等陸曹で退官。大阪経済法科大学卒業後、02年から兵庫県加古川市議を2期8年務める。