「翁長知事、移設阻止へ「最後のカード」 知事選見据え」

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 以下、朝日新聞デジタル版(2018年7月28日09時19分)から。

 米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画をめぐり、翁長雄志(おながたけし)知事が「最後のカード」を切る。前知事による埋め立て承認の撤回だ。だが、安倍政権は司法手続きで対抗し、土砂投入に突き進む構え。11月の県知事選を見据え、沖縄と政権の対立は新たな局面に入った。

 「国はとんでもなく固い意志で、なにがなんでも沖縄に新辺野古基地を造ろうとする。だが、私からすると、美しい沖縄の海を埋め立てる理由がない」

 翁長氏は27日の会見で、そう訴えた。

 辺野古移設阻止を掲げてきた翁長氏にとって、埋め立て承認の「撤回」は事実上、移設工事を止める最終手段と言える。それだけに効果的なタイミングを計り続けてきた。

 そのカードを切る理由の一つが、近づいてきた土砂投入だ。国は今月19日、投入する海域を護岸で囲い終え、県にはすでに投入の予定日を8月17日と通知している。手続きに入ってから実際に撤回するまでは3週間はかかるとみられ、土砂投入前に撤回して工事を止めるにはぎりぎりだ。

 知事選をにらみ、自身の求心力を高める狙いもある。翁長氏の支持者に多い移設反対派は、早く撤回して工事を止めるよう何度も県に要請。県庁前では「即時撤回」を求めてテントを張って座り込む動きも続いていた。県幹部は「(土砂投入の開始で)攻勢を強める政府の前に県民の心が折れては、どうしようもなかった」と解説する。

 翁長氏の判断には県庁内でも「根拠が弱い」といった異論がくすぶる。翁長氏が2015年に踏み切った「埋め立て承認の取り消し」が最高裁判決で「違法」と認定されるなど、国との法廷闘争で負け続けてきたことも背景にある。

 だが、翁長氏は26日午前、三役らを集め「事ここに至っては撤回せざるを得ない。私の責任でやる」と伝えた。その後、周囲にこう語った。「公約なので勇気を振り絞ってやる。撤回しないと沖縄の政治はダメになる。私の政治姿勢を理解してほしい」

 一方、安倍政権は強気だ。日米関係を考慮すると、これ以上の工事の遅れは許されないと考えているからだ。菅義偉官房長官は27日の会見で「辺野古移設に向けた工事を進めていく考えに変わりはない」と強調。翁長氏が撤回すれば工事はストップすることになるが、対抗策として撤回の執行停止の申し立てに踏み切る方針だ。

 申し立てが認められれば、工事は再開できる。首相官邸幹部は「大型の台風が来て工事が遅れたと思えばいい。淡々と法的な対応に出る」。

 撤回という翁長氏のカードの効果は、司法判断に委ねられることになる。

「もう出るしかない」

 沖縄県知事選は11月1日に告示され、18日に投開票される。告示日まではあと100日ほどだ。

 翁長氏は27日の撤回表明の会見で、知事選への態度を問われて「一日一日公務を遂行するため頑張りたい」と従来の発言を繰り返すにとどめた。支持者らは「もう出るしかない」「本人は立候補するだろう」と期待し続けている。「辺野古移設反対」を掲げて保守中道層からも支持を集められるのは、翁長氏以外にいないのが実情だからだ。

 翁長氏も立候補に意欲的とみられる。24日には、10月21日投開票で、知事選の前哨戦と位置づけられる那覇市長選に向けた城間幹子市長の立候補会見に同席。「基地のない平和な沖縄をつくっていく意味でも、県都那覇市は頑張る必要がある」と訴え、共闘の構えを見せた。

 影を落とすのが翁長氏の体調だ。膵(すい)がんと診断され、抗がん剤治療を続ける。後援会幹部は「有利な立場の現職なのだから、9月議会の表明でも遅くない」と話すが、健康不安説は絶えない。

 安倍政権側は、知事選の候補者として、菅官房長官との関係が良好な佐喜真淳(さきまあつし)・宜野湾市長に地元の自民党県連が立候補を要請。沖縄は自民の地盤が強いとはいえず、公明、日本維新の会両党の支援を得られるかどうかという基準で選んだ。佐喜真氏は30日に受諾する見通しだ。

 佐喜真氏が宜野湾市長を辞任するタイミングによっては、知事選と市長選のダブル選をもくろむ。政権幹部は「現職の佐喜真氏の力を借りれば、知事選と市長選の両方勝てるだろう」と強気の読みだ。

 自民党関係者によると、翁長氏が立候補できない場合を想定した世論調査も実施して準備を進める。今年に入って名護市長選や沖縄市長選などで与党系候補が連勝しており、その勢いも生かしたい考えだ。

 ただ、政権が移設工事を強引に進めれば、県民の反発は避けられない。官邸幹部は「沖縄の世論がどう動くかはわからないところがある。沖縄の選挙は難しい」と本音を漏らす。(山下龍一、岡村夏樹)

視点/手を打たない政権に悲痛な叫び

 強大な力で何度も踏みつけられ、その度に訴えても誰も耳を傾けてくれず、ついに上げざるを得なかった悲痛な叫び。翁長雄志知事が表明した埋め立て承認の撤回は、そんな風に映る。

 「沖縄の方々の気持ちに寄り添う」。安倍晋三首相はことあるごとに繰り返してきた。

 だが昨年末、小学校への窓落下事故の再発防止を求め上京した翁長氏に会わなかった。政府は、普天間飛行場の移設反対派の市長(当時)がいる名護市に米軍再編交付金を出さず、移設先近くの自治会に直接渡した。辺野古のゲート前には、県外からも機動隊を入れて反対派を排除する。米軍機の事故やトラブルが相次ぎ、県議会が何度も全会一致で抗議決議をしているのに有効な手を打たない。

 沖縄以外で同じ状況が考えられるだろうか。

 そんな中で、埋め立て承認の撤回は、翁長氏が切れる「最後のカード」と言われる。翁長氏がそこまで追い込まれている意味を、政府は真摯(しんし)に考えるべきだ。

 「日本国民が、沖縄に造るのが当たり前だというのがあるのではないか」。翁長氏が27日の会見で米軍基地について語った言葉が、重く響く。(那覇総局長・伊東聖)