映画「アメリカンユートピア」を映画館で観た

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David Byrne's American Utopia

 (以下、映画紹介になるが、いわゆる「ネタバレ」部分もあるため、一度劇場で鑑賞してから読んでいただければと思う。ただ、本作品は筋がわかると面白さが半減するというような作品ではない。何度でも鑑賞体験したくなる作品であり、テキストによる「ネタバレ」など、なんの影響もないはずだ。)

 タイム誌で2020年の年間ベスト10*1のひとつに輝いたDavid Byrneの音楽映画「アメリカンユートピア」。
 コロナ禍で上映延期になっていた「アメリカンユートピア」を初めて映画館で観た。

 セットリスト*2は以下の通り。

1.Here (from “American Utopia”)
2.3.I Know Sometimes a Man Is Wrong/ Don’t Worry About the Government (from “Rei Momo”)(from “Talking Heads:77”)
4.Lazy (Muzikizum by X-Press 2) (from “Grown Backwards”)
5.This Must Be the Place (Naïve Melody) (from “Speaking in Tongues”)

Kurt Schwitters’ “Ursonate*3

6.I Zimbra (from “Fear of Music”)
7.Slippery People (from “Little Creatures”)
8.I Should Watch TV (from “Love This Giant”)
9.Everybody’s Coming To My House (from “American Utopia”)
10.Once in a Lifetime (from “Remain in Light”)
11.Glass, Concrete & Stone (from “Grown Backwards”)
12.Toe Jam (from “I Think We’re Gonna Need a Bigger Boat” by The Brighton Port Authority)
13.Born Under Punches (The Heat Goes On) (from “Remain in Light”)
14.I Dance Like This (from “American Utopia”)
15.Bullet (from “American Utopia”)
16.Every Day Is a Miracle (from “American Utopia”)
17.Blind (from “Naked”)
18.Burning Down the House (from “Speaking in Tongues”)
19.Hell You Talmbout (from “The Electric Lady” by Janelle Monae)
20.One Fine Day (from “Everything That Happens Will Happen Today”)
21.Road To Nowhere (from “Little Creatures”)

 映画を観ての感想は、まさにこれは題名通り、David Byrneアメリカンユートピアであるとわかった。自分の理想を現実化させる可能性を唄と身体で表現していくパフォーマンス。理想は果たして可能か。その意味で、逆さに印字されたUTOPIAの意味するところもわかる気がした。これはアメリカ合州国における過酷な現実に対するDavid Byrneの闘いなのだ。

 冒頭 'Here'を歌ったあとで子どもと大人の脳の話を始めるDavid Byrne。子どもから大人にかけて脳の神経結合は減少していくというお話。脳の神経結合は減少していくが、代わりに、人との社会的つながりをつくっていかないといけないと、ショーの最後で強調する場面の伏線となっている。
 「人はときに間違える」とうたう’I Know Sometimes a Man Is Wrong'。続く 'Don’t Worry About the Government'も'Lazy'もいい。
  ジテンシャ・夕焼け・ポテトチップスの袋も興味深いが、なんといっても人間が面白い("That is the best.")というMCのあとに歌われるバーン調のラブソングである'This Must Be the Place (Naïve Melody)'。ダンスと動きも面白い。
 バーンはMCでKurt SchwittersとHugo Ballなどナチスの弾圧に抗したダダイズムのアーティストたちについても触れながら、ステージが生演奏であることの説明のあと演奏される 'I Zimbra'*4は、まるで民族舞踊。ひょっとこ踊りだ。日本であれば、わらび座などのパフォーマンスを彷彿とさせる*5
 パーカッショングループとギタリストグループ、ダンスグループの動きとかけあいが面白いゴスペルを下敷きにしたゴスペル風の'Slippery People'。
 前半では、個人的にはアルバムを持っていないため聞いたことのなかった 'I Should Watch TV'が興味深かった。
 'I Should Watch TV'の演奏中、一瞬だったが、ブロードウェイのステージに、フォーティナイナーズ(当時)のクォーターバックのコリン・キャパニック(Colin Kaepernick)選手*6が映る。彼は、国内の人種差別、黒人への警察の暴力に対する抗議表明から国歌に起立しなかったアメリカンフットボールの選手だ。2016年夏のことである。
 アメリカ合州国で人気のあるアメリカンフットボール。選手の70%が黒人選手であるNFL(National Football League)。その後かなりの期間、コリン・キャパニック選手はどのチームとも契約できなかったと記憶している。トランプ大統領(当時)は、「国旗に敬意を示さない畜生は、クビにしろ」とののしり、その後もツイッターで「何百万ドルという収入を得ているプロ選手が、国旗や国に対して敬意を払わないことなど許されない」とつぶやいた。
 さて、移民社会であるアメリカ合州国アメリカ独立宣言が「不滅の言葉」とうたった"All men are created equal."(「すべて人間は平等につくられている」)。「アメリカ革命の不滅の意義」。けれどもトランプ元大統領はアメリカンユートピアを裏切り、分断をあおり続け、今ヘイトクライムアフリカ系アメリカ人からアジア系にまで及び最悪だ。
 David Byrneはイギリスとアメリカの国籍を持っている*7ということだが「独立問題」で揺れるスコットランド系であるから、”主流”とはいえない。舞台上のバンドの編成自体が男女・異人種と異種混合である*8。映画を担当してもらった監督も「マルコムX」を撮ったアフリカ系アメリカ人スパイク・リー監督だ*9。多様な移民たちの団結がまさにユートピアであり、David Byrneとそのバンドの素晴らしいハーモニーとダンス、舞台に上がっているバンドのパフォーマンスがまさに共同体であり、ユートピアであり、希望だ。
 'Everybody’s Coming To My House'はまさに移民社会であるアメリカ合州国を象徴しているのだろう。同じメロディと歌詞なのにニュアンスが違うとデトロイトの高校生合唱団と自分のバージョンとの比較対照を説明するバーンのMCも秀逸だ。それぞれのHomeを捨ててアメリカに渡った移民にとってアメリカ合州国というhouseは果たしてHomeになりえるのかというのが意味するところなのではないか。
 'Once in a Lifetime'も圧巻。全編を通じてパーカッションの表現力がすごい*10。ショー全体で展開されるパーカッションは、マーチンバンドにヒントを得たドラムラインのような6人のパーカッショニストによって展開されていく*11

 ’Glass, Concrete & Stone’では、ここでもhouseとhomeが対比され、"It is just a house, not a home"(「それはただの家であって、家庭ではない」)とうたわれる。
 2016年の大統領選挙での投票は素晴らしく高く、それでも55%に過ぎなかった。地方での選挙の投票率はったの20%。それで政治が決まってしまうと、選挙での投票行動を材料にして変革をアピールするDavid Byrneは民主的人格を体現していて素晴らしい。
 ダンスが楽しい ’Toe Jam’ *12
 演奏はライブでありアフレコではない*13という説明のあとに自己紹介がされ、演奏が始まる’Born Under Punches (The Heat Goes On)。
 アルバム"American Utopia"からの 'I Dance Like This'は、たとえ障害があったとしても、たとえ技術的に未熟であったとしても、自己表現の重要性と人間の尊厳(個人の尊重)を強調していて胸が熱くなる。
 'Bullet'もアルバム"American Utopia"からの一曲。BLMに象徴されるアメリカ合州国の暴力性に関連している唄と思われるが、ゆっくりと歌われるところが不気味だ。
 舞台と観客のコミュニケーションをダイレクトにはかるために、舞台では可能な限り余計なものを身に着けない環境にしたという。生身の人間の舞台表現にしたいということなのだろう。
 バーンの声が好きでない人は少なくないと思うが、'Everyday is a Miracle'を歌うバーンの声は美しい。
 映像の取り方はジョナサン・デミ監督へのオマージュとも感じられる影アートを用いた'Blind'。バーンのギター演奏のカッティングがかっこいい。ブランコのように揺れる遊園地の海賊船のような演出も面白い。カナダ出身の女性パーカッショニストの表情も印象的。houseを燃やし尽くせとぐんと熱量を上げる'Burning Down the House' 。頭上からのカメラアングルが興奮をさらに盛り上げる。ここでのhouseは'Everybody’s Coming To My House'が伏線的役割を果たして重層的だ。そしてBLMのプロテストソングであり鎮魂歌である'Hell You Talmbout'。自己批判と自己変革を語る姿が印象的だ。映画の中でバーン自身が語っているように、トランプ大統領就任式の翌日におこなわれた女性行進(Women's March)の集会で歌われた唄で、バーンもそこにいた。後日、自分は年を重ねた白人だが、この唄を歌ってよいかと作者であるジャネール・モネイ(Janelle Monae)にバーン自身が連絡し快諾を得ている。次々と映し出される犠牲者のポートレイト写真。事実のもつ重みはだれも否定できない。そしてハーモニーが素晴らしい'One Fine Day'。

 ジェイムズ・ボールドウィンの楽観主義について共感するデヴィッドバーンと彼のバンドによる 'One Fine Day'。*14。素晴らしいアカペラの合唱の合間にかすかに発せられる'I have hope'(「希望がある」)がまさに希望であり、アメリカンユートピアだ。その唄が希望を歌いあげる。

 脳のシナプスの結合は減少するかもしれないけれど、代わりに人との社会的つながりをつくることはできるというメッセージのあとの 'Road To Nowhere'のフィナーレも圧巻。いつも以上に希望が感じられるパフォーマンスだった*15

 映画「アメリカンユートピア」の完成度は高い。

 これはまったくの個人的見解だが、井上ひさし氏の芝居、たとえば、テーマは異なるが「ムサシ」くらいの演劇的完成度だ。井上ひさし氏は、「ユートピア」の基本条件は「時間を忘れる」ことであり、「芝居の劇場はユートピアを成り立たせる空間」であり、「演劇という装置は人を集めて時間のユートピアをつくりだし、その宇宙で一回だけの集まりが毎晩できてはこわれていくもの……。そのできてはこわれていくというところに、私は非常に生きがいを燃やしています」と語っていた。この意味では、デビッド・バーンのアメリカンユートピアという舞台も同じだろう。

 ショーがはねて、ニューヨークをジテンシャで走り去るDavid Byrneがまたいい。バーンは、ジテンシャ愛好家で、70年代ニューヨークのSohoに住んでいるときジテンシャの実用性と快適さに気づいた。タクシーは高く、ギャラリーや友人を訪ねるときに、実用的なジテンシャに目覚めたという。環境問題に対して一助になるということもあるけれど、まずはジテンシャに乗ることの気持ちよさがあるという*16バーンは、ジテンシャの楽しさを知っているサイクリストなのだ。

 警官による黒人への理不尽な暴力という絶望的な現実を目の当たりにして、アメリカンユートピアは果たして可能かという思想がショーのテーマであることは間違いない。*17

 ひるがえってここ日本では、コロナ禍が悪化し大災害のさなか、反対意見が国民の大多数を占めるようになっているにもかかわらず、「復興五輪」だ、「平和の祭典」だ、「スポーツの力」だと、カネまみれのインチキ祭典(オリンピック)に日本の政治とIOCが野蛮にも無謀に突き進もうとしている今、絶望の中で希望を語る映画「アメリカンユートピア」は、日本でも、否、日本でこそ、私たちのユートピアのために、大画面・爆音で時間を忘れて何度でも観たくなる仕上がりになっている。

*1:https://time.com/5914535/best-movies-2020/

*2:The Great Curve(from “Remain in Light”)は映画では演奏されていない。ショーでとりあげられてはいても映画では削除された曲は他にもあるのかもしれない。

*3:挿入曲 : ウルソナタ

*4:ダダイズムのHugo Ballによる音的におもしろいナンセンスの詩を使ったらどうかと、Brian Enoに提案され、いい感じだったので、使わない理由はないと判断したと、David Gansの"Talking Heads The Band & Their Music"に書かれている。

*5:David ByrneとSpike Leeのインタビューで、Byrneが女性ダンサーは沖縄かどこかの日本の民族踊りからヒントを得た動きを入れていると言っていたので、当たらずとも遠からずということになる。

*6:コリン・キャパニック選手については以前触れたことがある。https://amamu.hatenablog.com/entry/20170915/p1

*7:David Byrneは自分のことを「帰化市民」(naturalized citizen)と言っていた。「帰化」はnaturalizationという。

*8:メンバーの出身地は、ブラジル・フランス・カナダ・アメリカ合州国

*9:本作の監督としてスパイク・リーのとくにカメラワークと編集の貢献は多大だ。

*10:ユッスーンドールのバンドで知ったタマ(トーキングドラム)が効いている。

*11:映画に休憩はないが、実際のショーであればここで休憩が入るのかもしれない。

*12:Toe Jam'のオリジナルPVのヌードは当時話題になったようだ。

*13:TBSラジオ番組をYouTubeで聞いたのだが、宇多丸氏によると、音響のシュワが開発したAXTデジタル技術という新規システムがあり、ワイヤレスかつ音声伝送に遅延のない環境が可能になったらしい。音響ではないが、パフォーマーの両肩にセンサーをつけたことも舞台環境づくりの一助となっている。

*14:ジェイムズ・ボールドウィンの楽観主義に共感するDemocracy Now!のDavid Byrneのインタビューは、David Byrne on His Broadway Show “American Utopia,” Talking Heads, Reasons to Be Cheerful & More Democracy Now! - Bing videoで聞ける。

*15:'Road To Nowhere'は、舞台上の演奏と舞台を下りての演奏が編集でつないだ印象をもったが、その点だけは残念だった。

*16:人は意義目的だけでは動かない。ジテンシャのもつ快適さをDemocracy Now!のインタビューで強調していた。

*17:アメリカンユートピアは果たして可能かという思想がショーのテーマであることは間違いないところだが、そのショーは誰に向けたものなのかと問われたときに、自分の精神療養のためにこのショーをやっている面があると、David Byrneは、Democracy Now!のインタビューで答えている。