コンサートがはねて、夜の暗闇の中をどっと客がカウパレスから出てくる。ダウンタウンに向かうバス停は会場からそれほど離れてはいない。
あたりは住宅街。灯火も少なく、カウパレスの明かりくらいしかなく薄暗い。
そうしたバス停で、一郎君と一緒にバスを待つ。
しばらくしてバスが来た。左折して、バスは俺たちが待っているバス停に近づいてくるところだった。
そのときだった。
周りを囲まれる気配がしたかと思うと、6、7名の黒人のティーンエージャーに突然襲われた。俺の身体が地面に仰向けになって、何かと思ったら、俺のポケットを探っている。財布を取ろうとしているのがわかった。物取りだ。俺は普段財布をポケットには入れていない。ポケットには襲われたときのための暴徒に渡す5ドル札が入っているだけだが、なぜか夢中で地面に俺のズボンのポケットを押しつけて守った。
向こうで一郎くんも襲われている様子がみてとれた。
まわりの住宅地に逃れるわけにもいかない。逃げるように二人でバスに乗り込んだ。
バスに乗り込むと、入り口すぐ右に空席があることがわかった。バスの運転手近くのその席に一郎くんと座って、一体これは何なんだと思ったとたんに、顔面に、膝か拳をくらって、漫画ではないが星が出た。
隣に座っている一郎君を見ると一郎君の腕時計がない。どうやら腕時計をとられたようだ。彼のズボンも膝のあたりが破けていて、少し血が出ている。
何が何だかわからないうちに、バスに設置されているホットラインで警察にバスの運転手が連絡したのだろう。バスの周囲には、すでにライトをぐるぐる回しているパトカーがたくさん到着していた。
警官がバスに乗り込んできて、バスの運転手が、こちらが被害者だと案内してくれる。やった奴を見たかと警官から尋ねられるが、やられると思って観察できるような状況では全くなかった。バス停の周囲は暗がりだし、バスの中も確認できるような状況ではない。それでも顔を確認できればと警官が言うので、促されるまま、バスの前から後部座席にかけて、バスの中の乗客の一人ひとりを見た。はなから結論はわかっていて犯人を確定できるような状況ではなかったが、とりあえず俺は警察につきあうしかなかった。そのあとの護送を期待したからだ。
冤罪になどできないからその警官にわからないよというと、そうかそれじゃ仕方がないなという雰囲気で撤収しようとする。
俺は心から驚いて、ちょっと待ってよ、護送してくれないのかと言った。それじゃ不安だから、護衛をするように俺は「主張する」と、その警官に言い直した。
すると、その警官は、バスを降りて、おーいダウンタウンに行く奴はいるかという調子で、同僚に聞いている。俺は行くよという感じで応答してくれた警官がいた。ついでがなければ護衛もされない空気感に俺は心底呆れ、茫然とするほかなかった。
現行犯でないと意味がないということなのか、調書を取るつもりもないらしい。
もうひとつ驚いたことがある。
ダウンタウンに向かうそのパトカーに乗る際に、その警官は、俺たちにボディチェックをした。
最初その警官が何をしようとしているのか俺にはわからなかった。おい、ちょっと待てよ、俺たちは被害者で加害者じゃないぞと言いたかったのが、アメリカ合州国では、自分のことは自分で護るという原則なのだろう。
なるほどね。
パトカーの後部座席に乗ると、後部座席から前の乗客を襲えないような仕様になっていた。後部座席と前の運転手席と助手席の間には、空気穴がずれてつけられている防弾壁が二枚ほど頑丈に設置されていた。後部席に油断はできないということなのだろう。
なるほどね。
パトカーから、ダウンタウンの街の明かりが遠くに見えた。
護送してもらっている間、その警官は、自分は日本にいたことがあると言った。何をしに日本に滞在していたのかと聞くと、英語を教えていたという。なるほどね。悪い警官ではなさそうだが、日本の警官はtoughだと世間話をしていたが、俺にはどうでもいい話だった。
そんなことは考えられないが、あのままカウパレスに残されたらどうなっていたか。
ダウンタウンまで護送してもらって、礼を言って、俺たちはおろしてもらった。