車に乗せてもらってクライストチャーチ観光に出かける

 モナベイル散策を終えて、約束の時間にインディジットの家に戻る。彼の車庫は、コントローラーで開く仕掛けになっていて、なかなかのハイテク仕立てである。彼の所有している車は日本車。中古車ではないようだが、日本車の中古車市場としてニュージーランドは有名で、中古車の約95%が日本車だという話を聞いたことがある。新車でも日本車の市場は大きく、全体の半分くらいを占めているようだ。
 フロントガラスから見える空は曇り空で天気は悪化していくようだったが、まず彼の自宅付近のクライストチャーチ駅を案内してくれる。この駅から、例のトランツ・アルパイン号が出るのである。トランツ・アルパイン号はサザンアルプスを横断する有名な急行列車で、車社会のニュージーランドでは多くの鉄道が廃線になっているが、この路線は山岳地帯の景観が素晴らしいことで残され、今日なお人気を誇っている。鉄道の最高地点は有名なアーサーズパス(Arthurs Pass)で、ここを抜けて西海岸のグレイマウス駅が終点になっている。
 これから車で向かう、向こうの山並みにみえるカシミール地域もクライストチャーチの中では高級住宅地の一つということになっているらしい。このカシミール地域は高台にあり、自動車でぐんぐん高度をかせぎながら上っていく。坂道の途中の石造りの建物のところでインディジットが車を止めた。この歴史的建造物は、クライストチャーチでは大変に有名な場所らしく、現在はレストランになっていて結婚式披露宴パーティなどもおこなわれるとのことだが、昔は、ロードハウス(roadhouse)として使われたという。ロードハウスとは、地方の幹線道路沿いにある休憩所や旅館の意味で、今でいえば、ドライブインである。その名はSign of the Takaheといい、この辺は眺望もいい。
 残念ながら、レストランの営業時間は過ぎてしまっていた。閉店時間を確認しておいて、もっと早く来るんだったとインディジットは残念がった。車から降りて、クライストチャーチ市内を一望できる眺望台に行くが、風が冷たく、少し肌寒い。タバコを吸っている三人ほどのアジア人観光客を見かけると、山中での喫煙が問題化しているんだとインディジットが私に教えてくれた。乾燥しているため山火事になりやすいらしい。
 車はクライストチャーチから74号線を西南に向かい、最後に長いトンネルを抜けてリトルトン(Lyttelton)にやってきた。例のスコット隊が寄港した小さな港町である。クライストチャーチからすれば、リトルトンはクライストチャーチ郊外の外港という感じの隣町になり、実際、クライストチャーチからは12キロくらいしか離れていない。この街について私はすでにロンリープラネットのガイドブックでチェックしていたのだが、歴史的にいってもこのリトルトンが移民船の上陸地点であったらしい。
 リトルトン湾(Lyttleton Harbour)を見下ろす場所に車を止めると、そこはWindy Pointと書いてある眺望台であった。実際、今の天気は風も強く、霧雨も降っているので、かなり寒くなってきた。展望台なのに、車から降りたのは私だけ。それでも長い時間、外にはいられない。霧雨でよく見えなかったのだが、向こうにあるであろうThe Timeball Stationについてインディジットが説明してくれる。これは1876年に建てられたものらしいが、58年間もの間、マストに上げられた巨大な玉を毎日正確にグリニッチ時の1時に落とすことによって、時報を船に向けて送っていたというものである。船が交通手段として主流であった時代の文化であるが、現存するものはめずらしいらしいという。スコット隊もこのTimeballで時刻を確認したのだろう。インディジットの説明は、まるでプロのガイドのそれである。実際、彼は観光業にも関係しているのだから、あながちこの評価は間違っていない。そもそも、彼に連れてきてもらっている場所は、クライストチャーチでの見所としては、みな上位に位置する定番であろう。
 クライストチャーチからこのリトルトンに来るには、最終地点で長いトンネルを抜けることになるのだが、このトンネルの上の山並みには、いいウォーキングコースがあるとロンリープラネットガイドに書いてあった。クライストチャーチからバスに乗って、1時間30分くらいのコースらしい。もっとも晴れていないとハイキングには適さないので、今日のような天候ではダメだ。トンネルの頭上の風景は、長野県の車山高原のような感じである。事実、パラグライダーができるらしい。晴れていれば、マウンテンバイクなんかで降りるのもよさそうだ。
 「ヒーターの具合はどうですか。寒くないですか」などと、インディジットは実に気配りの人である。霧雨の悪天候の中でゴンドラに乗るような天気ではないのに、「ほら、ゴンドラが見えるでしょう」と、ゴンドラ乗り場の駐車場に車を止めてくれたりしてくれる。
思い起こせば、午前中は天気もよく、植物園の散策も楽しかったのだが、午後の天候は最悪である。私たちは幸運だった。なんといっても、これはインディジットが車に乗せてくれたおかげである。