ハローウィーンなんて、No Thank You.

「森のイングランド」川崎寿彦

 ところで10月31日はハローウィーンだったのだが、ジュディとアレックスはハローウィーンに全く興味がないようで、「どうして」と聞くと、「そもそも異教徒(pagan)のものだし、子どもが夜の8時くらいに、見知らぬ家々をまわるのは危険だ」と言った。自分の子どもたちにも基本的にさせなかったという。やはり彼らはケルト系ではなくて、イングランド系であったか。
 ハローウィーンは、いわば、鬼退治である。「異教徒の習慣」「異教徒の儀式」(pagan rituals)といえば、メーデーなんかもそうだ。ケルトの暦では、1年は5月と11月が切れ目で、いわば5月が夏の始まりで、11月が冬の始まりだから、メーデーも、ハローウィーンも、ケルトの暦で、ちょうど切れ目にあたる。
 五月祭は、信州の御柱際の基本精神と似ていると私は勝手に思っているのだが、ケルトドルイド信仰、自然崇拝だから、キリスト教からすれば、異教徒の風習ということになる。森から木を切ってきて家々に持ち込む、家に飾るリースなんかもそういう風習だ。イングランドでは、この五月祭はピューリタンから忌み嫌われ、かなりの弾圧を受けた歴史がある。日本人にとって興味深いと思われることは、五月祭のヒーローがあのロビン・フッドであることだ。この辺の話をしだすと切りがないのだが、この辺の事情は川崎寿彦氏の「森のイングランド―ロビン・フッドからチャタレー夫人まで」に詳しく書かれている。*1
 アレックスとジュディはオーストラリアから帰ってきたばかりだから来客が多いのだが、その来客中にフロントドアをノックする音がした。ハローウィーンでやってきた子どもたちであることが私にはすぐにわかった。お菓子(treat)をくれないと、魔法(trick)をかけるぞという意味で、”Trick or treat?”と言って、お菓子をねだるわけだ。これはケルトというより、後年になって、付加された行事であるようだが。
 日本人は、西洋のことを歴史的に重んじて学んでいる割には、その理解が皮相で、また節操もなく、商業主義の弊害から、クリスチャンでもないのにクリスマスは祝うし、最近ではケルトでもないのに、ハローウィーンまでやる。他者を排除する排外主義はいけないけれど、他者を無批判にありがたがる拝外主義もどうかと思う。「節操」ということでは、多少はこうしたジュディのような「頑固な」姿勢を学んだ方がいい。
 ジュディは、”No trick or treat. Thank you.”と紙にマジックペンで書いて、玄関に張り出しまでした。
 人口がそれほど多くはないニュージーランドのことだから、子どもたちがどっと押し寄せてくるわけではないけれど、ハローウィーンということで再度子どもたちがやってきたときには、「あなたたち、張り紙が読めないの」と、ジュディは結構本気になって声を荒げて怒っていた。
 やはり彼女は、ケルト系ではなく、イングランド系であったか。

*1:森のイングランド―ロビン・フッドからチャタレー夫人まで」川崎寿彦(平凡社)は大変ためになる面白い本だ。とくに英語教師には是非一読してもらいたい本である。