今日はハローウィーン

 今日はハローウィーンである。
 アメリカ合州国では、ハローウィーンには、"trick or treat"と言いながら子供たちが仮装をして地域の家から家にまわるなんてことを、まだアメリカ合州国に行った経験もない若い頃に、本で読んだ知識をもとにして教えていたことがある。もう25年も前のことだ。
 このtreatは、treat me right(私のこと、ちゃんと扱って)というような動詞ではなく、名詞で、「ごちそう」とか「もてなし」という意味で、ハローウィーンの日なら、それが「お菓子」を意味することになる。一方、trickは、「いたずら」ということで、「お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ」ということになる。trick or treatは、語呂がいい。英語教師というものは、文化伝道師のようなところがあるから、日本にハローウィーンなんてほとんど知られていない頃に、生徒にちょっぴり得意気分で教えたものだった。
 けれども、いまやクリスマスと同じように、ハローウィーンが商業化され、ファミリーレストランやディズニーランドで普通に扱われるようになってくると、これも植民地化の一環に過ぎなかったかと実感させられ、嫌な気分になる。
 これだけ商業化されたハローウィーンが日本で幅をきかせてくると、世界のみんなはハローウィーンなんて、実際やっているのかとひねくれたくなる。
 それで、思うのは、ハローウィーンとは、ケルト的な祭りであるということだ。ケルトの暦によれば、5月1日のメーデーと、11月1日が季節の変わり目で、ハローウィーンは、いわば多神教のお祭りだ。
 昨年、ニュージーランドでホームステイしていた家庭では、ハローウィーンなんて無視していたことを思い出す。
 戦前の反米思想や意識と違って、戦後の日本は、アメリカ合州国に無批判に追随している。だから政治家にも、無批判のアメリカ病のものが少なくない。それで、アメリカ、アメリカと騒ぐわりには、アメリカ合州国のことをきちんとおさえていないことが日本では少なくない。
 いかなる外国の文化に対しても批判的に学ぶべきだし、百歩譲って、たとえアメリカ追随の立場であるにしても、きちんと正確に学ぶことが最低限必要なことだろう。