マオリ語公用語化も、ワイタンギ条約をめぐる審判所での申し立てから始まった

 基本的人権の中で重要な位置をしめるものは、なんと言っても生存権だろう。生存権が保障されなければ、他の権利の保障は無意味だ。
 もちろん労働する権利、労働権も重要だが、労働権を保障するためには、なんといっても教育権が保障されなくてはならない。教育権は、もちろん学校教育などの公教育も重要だが、家庭教育も同様に重要であることに議論の余地はない。そもそも学校に行く前に、聞いたり、話したりする言語活動が確立していることが普通だ。
 それでは、この家庭教育においては、何語で育てられるのだろうか。それこそが、母語*1に他ならない。したがって、この母語を保障する言語権は、基本的人権の中でも、中核を占める権利と言わざるを得なく、何人たりとも、この言語権を奪うことはできない。なぜなら、それは人権侵害の中でも、民族文化を根こそぎ奪うという意味で、命を奪う以外で、これ以上の人権侵害はないと思われるからである。
 さて、1987年という非常に遅い時期のマオリ公用語化も、ワイタンギ審判所での異議申し立てから始まったということを私はクローディア=オレンジの「ワイタンギ条約」の次の一説から学んだ。
 その箇所だけを引用して、次に訳してみる。
 「一つの公用語として、マオリ語がニュージーランド全土で認められるようにと、ウエリントンのマオリ語委員会は、ワイタンギ審判所に求めた。1985年末の4週間にわたって公聴会が延長され、当時としては最長の議事となったが、単純なクレームと思われた意義申し立ての派生効果は、一般社会に対して広くあまねく、さざ波以上のものを投げかけ始めた。それまでの初期の異議申し立てが特定のグループや地域に影響があっただけであるのに対して、言語に関する異議申し立ては、全てのマオリのみならず、全てのパケハ(ヨーロッパ系白人)にも波及し、ニュージーランドに住む全員に関わる意味合いを持つからだ。1986年の4月の末に発行された最終報告書は、その提言において慎重であり、複雑な困難性を認めながらも、原告が望む結末に向かって措置が取られなければならないと示唆する点において、いささかも尻込みをしてはいなかった。最終報告が言及しているのだが、ワイタンギ条約の第二条で保障されているタオンガ(taonga、財産)という概念は、マオリ語をも含んでいるのだと。なぜならば、タオンガ(「価値ある文化的風習と財産」と訳されるべき)は、有形・無形のものを含むからである」(クローディア=オレンジ「ワイタンギ条約」)
The Maori Language Board of Wellington wanted the Tribunal to recommend that Maori be recognised as an official language throughout the country. As hearings stretched over four weeks in late 1985, the longest Tribunal sitting to that date, the ramifications of what might have appeared a simple claim began to cast more than a ripple through the community at large. Whereas earlier claims had affected specific tribes and areas, the language claim had implications for everyone in the country, not only all Maori but all Pakeha too. The final report, released at the end of April 1986, was cautious in its recommendations, acknowledging the difficulties involved, but it did not shrink from suggesting that steps should be taken towards the end desired by the claimants. The ‘taonga’ guaranteed by article two of the treaty, the report noted, had incorporated the Maori language, because taonga (best translated as ‘valued customs and possesions’) included intangible as well as tangible things. (‘The Treaty of Waitangi’ p.250)
 マオリ語という母語、そしてその母語を守ることは、まさにタオンガ、知的財産の中心をしめるものを守ることに他ならない。

*1:母国語ではない。母語と母国語は似て非なるものである。母語については、田中克彦氏の「ことばと国家 (岩波新書)」を参照のこと。