ピーター・バラカン氏の「ラジオのこちら側で」を読んだ

ラジオのこちら側で

 ピーター・バラカン(Peter Barakan)氏の「ラジオのこちら側で (岩波新書)」を読んだ。
 男の子の習性なのか、イギリスから日本に来るときにレコードの愛聴盤を持ってくるなど、俺と同じ発想で、苦笑した。
 収集癖など、男の子には共通性がある気がする。
 あと、ピーター・バラカン氏が育った音楽環境や時代性が、なんとも面白かった。
 嗜好性といってしまえばそれまでだが、音楽でも、認識というか、見え方が違っていることがわかって興味がつきない。
 Neil Youngの"Ohio"や"No Nukes"は、おそらく同時代で体験してきた気もする。
「音楽をきっかけとして社会のことを知る人間だったのです」とバラカン氏は書いているが、俺も全く同じだった。
 そんなバラカン氏が選んだ「時代を動かしたプロテスト・ソング」の一覧表を以前見たことがあるが、再掲されていた。
 50曲中、以下の曲は、俺も愛聴してきたり、所有しているものだ。
 数えてみたら50曲中、30曲くらいあった。

 
 Bruce Springsteenの"Born In the U.S.A." (1983)、"Shipbuilding" (1983)、United Against Apartheid "Sun City" (1985)あたりで、俺がついていけなくなるのは、定期的に読んでいた月刊誌「ニューミュージックマガジン」の購読をやめ、積極的に音楽情報にアクセスしなくなったからだ。
 ピーター・バラカン氏のライナーノートで嬉しかった思い出は、なんといっても Donny Hathawayの"Live"をバラカン氏がとても褒めていたことだ。

 Donny Hathawayの"Live"は俺が愛聴した一枚だったが、Rolling Stone Record Guideでも、五つ星の3つ星どまりだったのが不満だったから、バラカン氏の好評価はとても嬉しかった。
 World Musicの興隆時期も氏の紹介文で、CDを購入していた時期もある。
90年代後半、ケルト音楽では、とくにアイリッシュ音楽を聞き込んだ。ドーナル・ラニーも好きになり、ドーナル・ラニーの当時の新譜"Coolfin"のモダンさに驚いたこともある。ドーナル・ラニー来日コンサートのときは、観客席でピーター・バラカン氏の姿をお見かけしたこともあった。
Steve Jobbsのスタンフォード大学でのスピーチ"Stay Hungry, Stay Foolish"の記述や、Talking Headsの"Life During Wartime"など、書きたいことはたくさんあるけれど、切りが無いないからまた今度にしよう。