「日常に政治、第2章 安保、若者も団塊も学者も動く」

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 以下、朝日新聞デジタル版(2015年9月21日05時00分)から。

 抗議のなか、法律はできた。それでも、自分たちで考え、声をあげた人たちは動き続ける。国会前から日常へと舞台を移し、「2015年安保」の第2章が始まった。

 長崎市の予備校生、森爽さん(19)は20日、模擬試験を受けて過ごした。帰宅後、安保関連法の採決をめぐる国会議員の投票行動の記事をフェイスブックでシェアし、「まじで忘れない。選挙行こうよ!」と書き込んだ。「最近、授業も上の空だったので、そろそろ切り替えないと」と笑う。

 都内の学生らで作る「SEALDs(シールズ)」の活動をテレビで見て、「ちょっとでも政治的な発言をすれば『お前、何しよっとや』って言われる街では、ただうらやましかった」。でも、人に託してばかりではいけないと勇気を振り絞り、6月、長崎で仲間と団体を作った。人前に出て話すうち、「政治と生活はこんなに密接なんだと気づき、自分が一番変わった」という。

 これからは勉強を優先しつつ、発信は続けるつもりだ。「日常の中で活動を続けるのが僕たちのテーマ。予備校生の立場から、できることを続けていきたい」

 安保法案反対の動きは、政治に無関心といわれた多くの若者を巻き込み、大きなうねりとなった。70年安保闘争に参加した千葉県八千代市の無職杉山陽一さん(66)は「昔の学生運動と比べて、普通の人が関わっている。民主主義が成熟してきたと感じた」という。

 就職後は職場の労組運動に参加。定年退職し、ゆっくりしようかと思っていた時、東京電力福島第一原発事故が起き、「社会のために何かしなければ」と、個人でデモに行くように。20日も地元で、安保関連法反対のビラを配った。

 これまで政治と距離を置いてきた多くの学者も運動に関わった。20日には1万4千人を超える学者・研究者が加わる「安全保障関連法案に反対する学者の会」が名称から「案」を抜いて再発足し、声明を発表した。「この運動の思想は、路上から国会にもたらされ、生活の日常に根を下ろしつつある。そこに私たちの闘いの成果と希望がある」

 市民と共に街頭に立った学者は多い。「政治領域に入らないと自戒してきた」という東大の石川健治教授(憲法学)もその1人。集会や街頭では、フランス語で「私のような者でも」を意味する「マルグレ・モワ」という言葉を使った。動員されていない個人が、小声でも、声をあげなくても、多様な形で存在できる場であってほしいという思いをこめた。今後は安保法の違憲訴訟を視野に入れる。「今の最高裁は時代に敏感。世論の支えがあれば勝機はある。訴訟を準備しつつ、世論を維持するのが学者の役割だ」と話す。

 早稲田大学の小原隆治教授(地方自治)は「関心の高い人が集まり、共感しあえた国会前から、地域や職場といった日常の場で地道に運動を広げられるかが問われる」と語る。

 20日夕、横浜市内を約1300人(主催者発表)が、「選挙に行こうよ」などと声を上げて歩いた。

 横浜市の医師松村睦未さん(37)は、3歳と3カ月の娘を連れて参加した。最近、フェイスブックで安保法制やデモのことを投稿するようになった。幼なじみから、少しずつ反応が来る。「身近なところで、できることはきっとある。手探りで続けていきたい」(市川美亜子、後藤遼太、仲村和代)


 ■生活崩れる危機感うねりに 哲学者・西谷修さん(立教大特任教授)

 「SEALDs」をはじめとする学生たちの運動が、なぜここまで大きなうねりになったのか。そのカギは、彼らがごくふつうの若者だということだ。

 就職活動に苦戦し、夜のコンビニでバイトする。奨学金という名の巨額の借金を抱えて世に出る人も多い。「エリート意識なんて持ったこともない」と言う彼らが語るのは、そんな個人のライフストーリーだ。

 70年安保の時の学生たちは「社会の前衛」という意識を持ち、むしろ日常生活への埋没を拒んで、政治に身を乗り出した。だが、今の若者たちは「自分たちの日常生活の場に、政治を引き寄せる」という発想だ。

 それは、思春期に震災や原発事故を経験した彼らの、生活の足場が切り崩されるような感覚から生まれている。「ふつうに生きることのありがたみ」をかみ締め、浸食してくる「政治」から守ろうとする。

 生活の足元が崩れていく危機感は、地方では、より深刻だ。だからこそ、運動は全国津々浦々に広がり、年齢や立場を超えてつながり、想像もできないほどのうねりになったのだろう。

 法が成立しても、若者たちが開いた地平は日常の中に続いていく。

 国の問題点を感じ取り、克服するために声を上げる。「それが民主主義だ」ということが社会に浸透すれば、次の選挙での投票行動につながり、一人ひとりが属する地域や職場も変わっていく。その過程のなかで、私たち一人ひとりの「日常生活と政治」がつながり始める。


 ■「民の心を考えず」 寂聴さん政権批判

 僧侶で作家の瀬戸内寂聴(じゃくちょう)さん(93)が20日、京都市右京区の寂庵(じゃくあん)で開いた毎月1回の「法話の会」で、安全保障関連法について「今の政治は間違っている。憲法9条を放棄して戦争ができるようにするなんて、馬鹿なことだ」と批判した。

 この日、約160人の聴衆を前に「(参院特別委での)強行採決は見苦しかった。安倍さんは自分の名前を後世に残したい、そればっかりで、民の心を考えていない」と非難。一方、学生団体「SEALDs」ら若者が立ち上がったことに触れ、「日本はまだ大丈夫。若い子が立ち上がって、政府のいいかげんなことに反対している。すばらしいこと。彼らは『これからが勝負。今度の選挙で勝負をつけよう』と言っている」と話した。