本屋で「図解マオリの地名」という面白い本を見つけた

 観光案内所で予約を済ませて、本屋に入る。東京は恵比寿で観たNZ映画のWhaleriderもDVDで店頭に並んでいる。DVDなどでは、暴力的な内容が入っているか、性的な内容が入っているか、内容的にわかるように表示がされている。青少年への配慮としてこれは日本が見習うべき習慣だろう。マオリ関係の書棚のところで「図解マオリの地名」という本を手にする。これは面白そうな本なので、買うことにしよう。時間帯割引というのがあるようで、そのお知らせの放送が入った。24.99ドルのところ、6.25ドルのディスカウントがあり、18.74ドルで、約1312円だった。
 人名もそうだが、地名というものにも歴史があって興味がつきない。北海道にアイヌ語による地名が多いように、ここニュージーランドは、おそらくそれ以上にマオリ語の地名が少なくない。先住民族なのだから当然である*1
 すでにあるそうした元来の名前に私達はもっと敬意を払う必要があるだろう。マオリ語は全くわからないので、手始めに図解レベルのものが私向きであると思って今回購入したわけである。
 たとえば今回私も訪れる予定なのだが、北島のハミルトンという町にワイカト(Waikato)大学という大学がある。こちらではワイカトは当然よく知られている名前なのだが、このwaiというコトバはwater(「水」)という意味であると、この本に書いてある。Waikatoのkatoは、to flow(「流れる」)という意味で、ワイカトで、full flowing riverという意味になり、まさにハミルトンを流れる偉大なワイカト川にふさわしい地名になるのである。
 ワイタンギ条約で有名なWaitangiという地名のwaiも同じく「水」という意味で、この本のWの欄でwai(water)と記載されているものだけ数えてみると、なんと183以上もある。この本でwaiがつく地名はまだ他にもあるし、この本に記載されていないものは当然あるだろうから、実際はそれ以上になるであろう。私はまだ訪問していないが、いつか訪れようと思っているワイトモ(Waitomo)という土ボタルで有名な洞窟がある。これなども、水に関係している地名なのである。つまり、Wai〜という地名を見たり聞いたりしたなら、それは、「水」という意味を示すと思って間違いないのである。ところで、マオリ語の発音は日本語に似ているらしく、日本人とマオリは親戚関係にあるんじゃないかという説もあるほどだ。またマオリポリネシア系と言われているから、太平洋諸島の民族とも密接に関連しているに違いない。これはきちんと確認をしたわけではないが、ハワイのワイキキなんかのワイも語源的に関連しているのではないかと推測したくなる*2
 また、日本人に温泉で有名なロトルア(Rotorua)という町が北島にあるが、このrotoとは、lake(「湖」)という意味で、私の購入した本でrotoが冒頭につく地名は、ロトルアも入れて23個もある。つまり、ロトとくれば、「湖」の漢字を思い出せばよいのである。さらに、Manga〜という名前の項目をみると、manga(stream)とあり、mangaが「小川」を意味することがわかる*3。このManga〜という地名をこの本で数えてみると、70にものぼる。他にMaunga〜は「山」を意味し、Whanga〜は「湾」に用いられることが多いという。こうして地名からニュージーランドの自然とそこに住んでいる人々の歴史が感じとれるのである*4
 マオリ語の地名の由来を知ると興味が尽きない。たとえそれが断片的だとしても、漢字の意味や漢字のつくりを知るのと同様に、これはかなりの応用がききそうだ。
 先ほどのワイカト大学(The University of Waikato)のあるハミルトンの例でいえば、当然といえば当然のことだが、ハミルトンの町の周辺はマオリがずっと以前から住んでいた。けれどもヨーロッパの人間が到着して以来、マオリはいなくなってしまう。ヨーロッパ移民は軍に率いられてマオリのいなくなったキリキリロア(Kirikiriroa)村にワイカト川から上陸した。ほんの19世紀中葉のことだ。キリキリロアという地名はマオリ語だが、ハミルトンは英語である。このハミルトンはジョン=フェーン=チャールズ=ハミルトン(John Fane Charles Hamilton)という司令官(commander)から名づけられたのである*5。たかが地名、されど地名である。
 地名の中に歴史がある。世界の最高峰にエベレストを用いるのか、チベット名のチョモランマやネパール名のサガルマータを用いるのか、ニュージーランドでいえば、キリキリロアなのかハミルトンなのか、こうした問題の中に一人ひとりの歴史的な問題意識が反映するのであるが、ここニュージーランドは、マオリ復活運動が盛んになる中で、マオリ語の地名も復活させているという*6

*1:1970年代からの復活運動によって、マオリ文化やマオリ語の復権は、兆しがみえ始めたと言われている。マオリ語が公用語として認められたのは1987年のMaori Language Actによるもので、同時期に、マオリ語の維持促進のためにマオリ語委員会(Te Taura Whiri I te Reo)が設立され、時代の変化に対応した5000語〜6000語の新語がこれまでに作り出されているという。(「ニュージーランド―キウイたちの自然派ライフ (ワールド・カルチャーガイド)」)また、ニュージーランド政府は、1999年9月、南島のマオリとの間で、植民地時代の不正な土地取得についての謝罪と1億7000万NZドルの支払いに合意しているが、この合意の中に80箇所以上の地名変更も含まれているという。(「シリーズ知っておきたい オーストラリア・ニュージーランド 南極」歴史教育者協議会)ニュージーランド戦争は、今日まで続いていると言わなくてはならない。

*2:ポリネシア文化圏の広さについて、「この名(モアナという名前)は僕がハワイで覚えたポリネシア語で「海」を意味する。ハワイには、100年近い伝統を誇るワイキキの「モアナ・ホテル」をはじめ、さまざまな場所にモアナの名がある。その後、僕はニュージーランドにもしばしば行くようになり、マオリのコトバでもモアナは、ハワイと同じく海を意味することを知った。ニュージーランド各地に、モアナと付く地名は多い」(「ニュージーランドすみずみ紀行」佐藤圭樹(凱風社)) 佐藤氏は、ニュージーランドポリネシア文化圏に位置し、ハワイ、イースター島、そしてニュージーランドで形成するポリネシアントライアングルという南太平洋に広がる広域の文化領域について触れ、ニュージーランドとハワイとのつながりを指摘している。

*3:マオリ語のmangaには、branch、 tributaryの意味もある。

*4:イギリス移民をはじめとするヨーロッパ移民が移り住んだ他の国々と同様に、HamiltonやCambridgeのようなヨーロッパ移民によってつけられた地名が、ニュージーランドにも少なくない。今回購入した本の最後に、付録として、現在使われているヨーロッパ的地名の一覧があって、そこに元来のマオリ語の地名が併記されている。Hamiltonはすでに紹介したようにKirikiriroaとなっていて、このKirikiriroaを調べると、”kirikiri(gravel);roa(long). Long stretches of gravel. The Maori name for Hamilton.”とある。そこに住んでいる人間にとっては、その地形や自分の暮らしに愛着をもって名前をつけるのが普通だ。ハミルトンなどという植民地的な名前よりも、「砂利が長く続く所」という意味のキリキリロアの方がずっとよいように私も思う。

*5:「地名には、その土地の歴史や風土が、遠い昔からそこに住んできた人々によって、深い郷愁とともに、にじみ出ているものが多い。とくに北海道のアイヌ語地名は、その土地の性格をよくあらわしている。地名は、そこに現在住む者のみの私物ではなく、そこを訪ねたことのあるすべての人々と、そこで育って死んだすべての先住者たちとの、共有物なのだ」(朝日新聞北海道版1972年8月27日)と、本多勝一氏は書いている。

*6:「貧困なる精神A」の「アオニケンク海峡とヤマナ海峡」で、「大航海時代にはじまる西欧の世界侵略とともに、本来そこにあった地名が無視されて、あたかも南極大陸無人の地に命名するかのように、西欧的価値観によって自分勝手の名がつけられていった。そのときの権力者だの侵略軍の隊長だのといった人名が記念につけられる例が多かった」と、本多勝一氏は書いている。