エイブルタズマンは海岸線が入り組んでいるので、見晴らしや見通しがよいわけではない。行き先は見渡せないが、海岸線に沿って、左の方向へ、左の方向へと漕いでいく。すでに濡れないように防水性のプラスティック板に包まれた海岸線の地図を受け取っていて、私の眼の前に十字の黒いゴムバンドで挟まれている。しょせん海岸線だ。道に迷う心配はない。左の海岸線に沿って漕いで行けばいい。おまけにガイドまでついている。
結構頑張って漕いでいるので、メルボルンのオーストラリア艇よりも、私たちの、スコットランドと日本の共同チーム艇の方が早い。ガイドのパニア艇は、私たちの艇とメルボルン夫婦のオーストラリア艇との間に位置し、状況を見ている。パニアが私たちに向かって「いい調子ね」というので、スコットランドの相棒が、「いいエンジンを前に積んでいるからね」と冗談を言う。私も「このエンジンは日本製だから」と、日本車のイメージを借りて、冗談で返す。日本車のコンパクトカーは優秀かつ有名だから、この冗談は彼らにしても理解しやすい。
私たちの眼の前の視線をふさいでいる小さな岬を越えると、新しい景色が目の前に広がり、休憩したくなるような砂浜が出現する。景色といえば、鬱蒼とした森林と、砂浜と、青い空。あとは心地よい潮風の吹く大海原しかみえない。たまに海岸付近の岩と岩との間を通ることがあって、多少こちらは潮の流れが早くなっている。そうした場所をのぞけば、のどかな海が広がるばかりだ。
スコットランド出身の相棒であるアンディが後方で漕いでいるわけだが、スコットランドは私も興味のある国。どこの町の出身かと聞くと、エディンバラ(Edinburgh)だという。私はまだ行ったことはないが、ガイドブックを読みながらエディンバラ大学が高台に立っているエディンバラの町を想像したことだってある私は、いつかエディンバラに行ってみたいと思っていた。スコットランドに行くとすれば、エディンバラは外せない。イングランドとスコットランドの反目の中で、エディンバラはなんといってもスコットランドの中心であり、拠点であるからだ。独立心の気概のある街が私は好きなのだ。