空港近くのモーテルからオークランド市内へ

 ここで夕食をしても元気も出ない。タクシーで呼んでオークランドへ行こうと思い、ロンリープラネットガイドに書いてあるオークランドで一番大きなタクシー会社に電話をしてみた。人間の声が出るかと思いきや、オークランドのタクシーは、コンピュータ制御らしく、驚いたことに、こちらの住所を確認してくる。正確な住所を言われて、確認を求められるが、何分初めてのことなので、とまどってしまった。黙っていると、今一度繰り返される。Yesと言えというので、それに従って答えると、”Ready Now?”と言う。「今から行ってもいいか」という意味だ。Yesと言うと、どうやらこれで完了したらしい。オークランドのタクシーのシステムはなかなかすごい。
 宿に来たタクシーは、10年オークランドに住んで、5年前にタクシーの運転手になった人だった。「オークランドのタクシーのシステムはすごいね」というと、うちの会社のタクシーは700台くらいオークランドを走りまわっている。オークランドの細かな通りもみんなわかっているから便利だよという。面白い運転手だ。
 これからは、中国の時代だろうと彼は言った。その証拠に、どこに行っても「中国製」(made in China)であふれているだろうと言う。彼の理屈はわかりやすい。インドのIT(インフォメーションテクノロジー)も伸びている。一方、ニュージーランド人は怠け者だと彼は喝破した。ニュージーランドに移住したいと私から一言も言った覚えはないが、なんだかそういう話になって、彼は移住は止めた方がいいと続ける。一生とは言えないまでも、ニュージーランドに長期間なら住んでもいいと思っていた私は、「半年くらい滞在するのはどう」と聞くと、「半年くらいなら、まぁいいだろう」と彼は答えた。
 行き先を例のアイリッシュバーを指定していたのだが、運転手は、「友人との待ち合わせだろう」と断言した。なぜと聞くと、これから向かうアイリッシュバーはそれほど有名な場所ではない、ローカルな場所だ。友人との待ち合わせならわかるという。たしかに、日本人とアイリッシュバーの組み合わせっていうのは、そんな印象を与えるものなのだろう。
 アイリッシュパブに着くと、今日はライブなので、多少の入場料をとられる。チケット代わりに手に判子を押される。バーマンのアンに挨拶する。今日の彼女はとても忙しそうだ。ビールを頼んで5.0ドル支払う。ライブ前に音楽がかかっているのだが、Kinks の "Waterloo Sunset"*1がかかったりする。
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 ライブは二番目に出てきた本日のメインのバンドがまずまずの演奏をした。店は結構混んでいた。
 店を出て、ポンソンビーまで歩く。
 レストランはそろそろ閉店時間のようで、一つのレストランに入ったら、もう終わりだと言われた。「腹が減っているのか」と聞かれて、「そうでもないが何か食べたい」と言うと、あそこがうまいよと別のレストランを教えてくれる。そのレストランに行くと、暗がりの中でみなさん楽しんでいたが、ウェイターはやたらと明るかった。このウェイターは日本にも来たことがあるという。軽いつまみとグラスワインでいいのだがと言うと、ソビニョンブランの白ワインと薄いピザを勧められる。「絶対後悔しないよ」(You won’t regret.)と言われたが、それほどの味でもなかった。
 今夜は遅くなった。レストランの前にタクシーがとまっている。それに乗って宿へ向かうことにしよう。宿に向かう途中、話をするとパキスタンから来た運転手だった。オークランドのタクシーは、インドやパキスタンからの運転手が少なくない。いわばこれは国際的出稼ぎなのだろう。稼げないのでタクシーをやりに来ているが、経済的に余裕があれば、運転手などしないという気分で彼らは働いている。彼の話では、パキスタンや日本には、歴史も伝統もある。家族も大事にする。お前にも友人や家族があるだろうと、率直に自分の意見を述べる。ニュージーランドに住んだとしても、ここには何もない。自分は地理をやってきたけれど、ニュージーランドでは地理関係の仕事はない。自分の友人に地学をやった奴がいるが、同じくここでは仕事がない。繰り返すけれど、私は何もニュージーランドに住みたいと言ったわけではなかったが、あなたも自分の国に帰って、友人たちと楽しくやった方がいいと彼は私に言った。先の運転手もこの運転手も、なんだか私の気持ちを見透かしてしまったようで、今回の旅は不思議な縁が続いている気持ちにさせられた。なんだか予言者のご宣託のような気がしたのだ。なんだか、不思議なことが続く。宿までのタクシー代、45ドルを支払って、私はタクシーを降りた。

*1:Kinksの"Waterloo Sunset"は、Ray Daviesの作品。かつてロック評論家のRobert Christgauによって、"the most beautiful song in the English language"と評された唄だ。