タミハナの家で、寿司をつくる

 そのナルワヒアのワイカト川の辺にたっているタミハナの家に着いて、車から出ると、玄関横の野原で、タミハナと一緒にマオリの子どもたちがバケツにウニをあけていた。
 見ると、作業中のタミハナの手は、ウニの黒いトゲだらけだが、再会を祝して握手をする。
 ウニは、マオリ語で、キナ(kina)という。
 ウニは、英語ならシーアーチン(sea urchin)だ。また英語では、シーチェストナット(sea chestnut)とも言う。
 チェストナット(chestnut)は栗だから、「海の栗」と、まさに見た目通りの表現になる。
 これを4人くらいの子どもたちが、手を真っ黒にして、黄金色のウニをスプーンでバケツにあけている。バケツの中を見ると、ウニと一緒に、黒いイガイガのトゲも結構まざっているから、正直言って見た目にはあまり美しくない。私がいつも贔屓にしている魚屋でパックにされたウニの方が、はっきり言って食欲をそそられる。
 タミハナとニコルには、二人の娘と、一人の息子がいる。
 この息子は長髪を束ねている可愛らしい子どもなので、みんなから娘と間違えられるというが、ウニをこじ開けているのが4人という人数からして、他の子どもも混じっているようだ。
 「このウニはどこで取ってきたの」とタミハナに聞くと、「カーフィア近くの浜辺で、子どもたちにも危険がないように、浅瀬でみんなで取ってきた」という。干潮・満潮には気をつけないといけないから、大体朝の6時ごろに取りに行くようだ。まさにこれなら、潮干狩り感覚だ。
 ところで、例のテラパの魚屋さんで、生きたマッスル貝と、寿司用に、キナ(ウニ)、ホタテ、そしてスナッパー(鯛)を、私はみやげに買ってきていた。それらをタミハナに渡しながら、家にあがらせてもらうことにする。
 まず、台所で、どうだいこれとばかりに、タミハナが私に見せてくれたものは、電気炊飯器であった。
 12月に遊びに来た際に、電気炊飯器があるかと私が聞いたことがあるのだが、その時の答えは、残念ながら持っていないということだった。それで、今日私はわざわざ炊飯器持参でタミハナの家に遊びに来たのだが、それなら、そのご飯を寿司飯にしようということで、さっそく寿司飯を作ることにした。
 タミハナのご飯は少し冷えていたが、まぁ良しとして、寿司酢をかけて、団扇がないのでボードで扇ぐ。
 次いで私が、スナッパー、ホタテを包丁で切って、皿に盛りつける。
 パセリなどはないというので、セロリでお作りに少し彩りを添えた。
 数人いるマオリの子どもたちは、「なに、なに、何を作ってんの」と興味津々だ。タミハナが、「日本のスシだよ」と、笑顔で子どもたちに答えている。
 持参した大量の海苔を鋏で切って、皿にのせる。小鉢がないので、カップ皿に、刺身醤油とワサビを入れて、できあがり。
 最後に、キナの入ったパックもテーブルに置いて、準備完了だ。
 テーブルをみんなで囲んで、私が手巻き寿司の味わい方の模範を示す。
 一枚の海苔を手にして、その上に寿司飯をのせ、好きな具を箸で取り、ワサビ醤油を少しつけて、寿司飯の上にのせ、一気にパクつくという具合だ。
 「うーん、うまい」と私が言うと、とりわけマオリの子どもたちが食べたそうな顔をした。
 ということで、子どもたちも早速、手巻き寿司に挑戦。アジアンマーケットで買った使い捨ての割り箸も持参していたから、それをみんなに配って、箸で食べてもらうことにした。
 マオリの子どもたちは、みな、この手巻き寿司がおいしいと大評判だ。
 タミハナの父親や、数名のマオリの女性たちも家に遊びに来ていたが、どれどれということで、マオリのみなさんで、寿司の大試食大会が始まる。
 タミハナの可愛らしい長女は、「キナの寿司も、美味しいよ。食べる」と、優しく祖父に作って渡してあげていた。
 あっという間に、寿司飯がなくなってしまったので、多少冷えているけれど、タミハナの家の炊飯器のご飯を全部あけて、さらに寿司飯をつくることにした。
 たまたま遊びに来ていたマオリの女性たちにも、これなら私にも作れそうと、寿司はみんなに好評だ。
 一人のマオリ女性は、私に味噌汁の作り方を聞いてきた。前に日本食レストランで食べた味噌汁がおいしかったとのことだ。
 私は、第一に、カツオの削り節や、煮干、干ししいたけなど、出汁の取り方が、まず重要であること。そして新鮮な味噌を手に入れることが重要なこと。味噌は生きていて、水で濡らしたりしてはいけないこと。具は、葱やほうれん草など、たくさんは必要ないけれど、香りが楽しめるものがよいこと。豆腐があればなおよいこと。味噌汁は、絶対にぐらぐらと煮立ててはいけないこと。あくまでも香りを楽しむことが重要であることなどを彼女に伝えた。
 そして、タミハナのために持ってきたインスタント味噌汁の袋をあけて、その中から一セットだけを渡して、これなら、お湯をそそぐだけだから簡単ですよと説明して手渡した。彼女が喜んでくれたことは言うまでもない。
 日本からインスタント味噌汁を持ってきた私の判断力は大正解であった*1
 私は思うのだが、こうした寿司に対する好反応は、マオリならではのことだと思う。
 第一に、彼らは、今回私が持参したホタテなどは生で食べないようだが、ウニ(kina/sea urchin)やあわび(abalone)、マッスルなどは生で食べる。
 昔から川で取れるウナギを食べていたというし、基本的に、海産物はマオリの常食だ。だから寿司の生魚に全く抵抗がない。
 第二に、彼らの伝統的料理であるハンギは、ポリネシア系料理文化で、伝統的には土の中で蒸してつくるということはあるけれど、基本は蒸し料理である。蒸すものは、芋(taro)であったり、とうもろこしであったり、クマラ(kumara)であったりする。
 マオリの常食は、なんといってもタロ(taro)芋であり、さつまいもの一種であるクマラ(kumara)であるから、我々のように米が常食ではないけれど、芋も米も、炭水化物の雰囲気として、それほど隔たっている感じもしない。
 だから、マオリは米も大丈夫だ。
 第三に、寿司が世界的に知られるようになり、カッコいいファッションとしても定着しつつある今日、それ程ひどい偏見はないと思われるが、昔は、海苔が何であるのかわれわれが説明をすれば、海産物をほとんど食べないヨーロッパ系白人からすると、海苔が「海のゴミ」(garbage)のように映った時代もあった。
 そもそも海苔は、それほど味がしない。香りを楽しむものだ。だから、ヨーロッパ系白人からすると、何か「無意味なもの」と映るかもしれない。
 マオリは、海産物を食べるから、海苔に対して偏見が薄いだろう。マオリの子どもたちは、実際、海苔を見て、「紙みたいで、面白いね」と言っていた。作る過程は、紙も海苔も同じやり方だよ、材料が違うだけだからと私が説明してあげた。
 だから、マオリにとっては、海苔も大丈夫。
 残る問題は、ワサビだが、これも、新鮮な魚なら全く問題ないけれど、生で食べるから、念のために、殺菌消毒の意味もこめて、生魚を食べる際には、カテキンの入った熱いお茶と、消毒効果もあるワサビと相性がいいんだよと説明すれば、彼らは納得してくれるし、ワサビはパンチがあるから、子ども以外なら好きになってくれることだろう。

*1:ただし、ニュージーランドの私の体験では、味噌汁に興味をもつ人は少ない。このマオリの女性は、私の経験では例外的だった。