苗字を用いたバンド名か個人名を用いたバンド名か ーCrosby, Stills, Nash and Young と Peter, Paul and Mary ー

The Penguin Dictionary of Surnames (1967)

 苗字について、いくつか記事を書いてきた。

 材料が昔のバンドで申し訳ないが、今回は、苗字をつかったバンド名と、個人名をつかったバンド名を考えてみる。

 Crosby, Stills, Nash & Young のライブアルバム"4 Way Street"。いま思うにジャムセッションは冗長で退屈なところもあるが、生々しいライブアルバムを高校時代に愛聴した思い出がある。

 この Crosby, Stills, Nash & Young というバンド名だが、たとえば、Crosby, Stills, Nash という苗字をもった弁護士3名が新たに弁護士会社を設立するとき、Crosby, Stills, Nashというような3名の苗字を単に並べただけの会社名にするという命名方法はよくあることだ。言わんとするところは、合併はするけれど、誰がリーダーということではなく、3名が対等・平等ということなのだろう。

 他の多くのバンドが、The Rolling Stones だの Led Zeppelin だの The Clash だの、Nirvana だのと、そのバンドのイメージを表現するようなバンド名を採用しているのに対し、Crosby, Stills, Nash & Young というバンド名は苗字 (surnames) を並べる*1という、言ってみれば、弁護士4名による新会社設立のようなバンド名にしたのは何故なのか。個性を尊重するということなのか。また、もしそうだとして、なぜ名 (first names) ではなく、姓 (surnames) にしたのか。個性を尊重するというのであれば、名 (first names) のほうが、より適切な感じもする。 

 Crosby, Stills, Nash & Young のようにメンバーの姓を並べたバンド名は、他の多くのバンドが創造的・象徴的な名前を選ぶ傾向にある中で、やや異例に見えるかもしれないが、ひとつは、Crosby (The Byrds)、 Stills (Buffalo Springfield)、Nash (The Hollies)、Young (Buffalo Springfield)と、Crosby, Stills, Nash & Young のメンバーが、すでにそれぞれ有名なバンドでキャリアを築き個々の名声が確立されていた。そうした確立した個性が結集してスーパーグループをつくったというイメージをかもし出すために、姓を並べたグループ名にしたのかもしれない。実際、メンバー個々のアイデンティティや功績を尊重し、あるときは、Crosby & Nash、あるときは、Stills Young Band と、個人を尊重し、その上での結束を強調し、ソロでやったりバンドでやったりと、演奏構成もパフォーマンスも組合せは比較的自由だった。

 また個人名ではなく、姓を用いたのは、姓のほうがフォーマルでプロフェッショナルな印象を与えられるからなのだろう。
 とりわけ、個々の名声が高く、それぞれが独立したアーティストである場合、姓を並べることで、メンバーの独立した存在感を示しつつ、グループとしての結束も表現できる。弁護士や会計士が共同事務所を立ち上げるときに「姓+姓」の形式を用いるのも、それぞれの専門家の独立した実績を重視しているからなのだ。

 個人名 (first names) を並べたバンド名は、カジュアル過ぎるため、ほとんどない。

 唯一思い出すのは、Peter, Paul and Mary (PPM)。

 中学から高校時代にかけてPPMはよく愛聴した。来日したとき、渋谷公会堂に聴きにいったのが外国人によるライブ初体験だった。当時のフォークソングリヴァイヴァルから、社会問題や平和の問題も透けて見えた。PPM を聴き込んだのは子どもの頃の得難い経験だった。

 この PPM、Peter, Paul and Mary は、バンド名にファーストネームを使った珍しい例である。個人名を使うことで親しみやすく温かみのある印象を作り出している。またPeter, Paul, Mary というキリスト教における典型的な名前を使うことで、さまざまな宗教とさまざまな人種をかかえるアメリカ合州国の広範な聴衆に親しみをもたせる効果をねらったのかもしれない。Simon & Garfunkel の初期の 英語化された(Anglicized) 名前 Tom & Jerry が、すでに知られた親しみやすいキャラクター名を使用することで*2当時のアメリカの広範な市場に訴えようとした試みだったように、Peter, Paul and Mary*3 として、PPMを売り出したプロデューサー・アルバートグロスマン (Albert Grossman) のマーケティング戦略もあったろう。

*1:他に苗字を並べたバンド名としては、Simon & GarfunkelEmerson, Lake & PalmerELP)などがある。

*2:当然、ここには、ユダヤ系という出自を積極的に出そうとしなかった計算も含まれていたのだろう。

*3:Peter, Paul, Mary はそれぞれ本名。ピーター・ヤ―ロー。ポール・ストゥーキー。マリー・トラバースという名前は当時からライナーノーツなどで見慣れていた。この点で、先に紹介した S & G の Tom & Jerry とは文脈が異なる。