「…人類の歴史は、…“ヒバクシャ”の範囲がますます拡大し、多様になり、ついには全人類におよんできた歴史」(芝田進午)

 今日はヒロシマに思いをはせる日である。
 41年前の1982年3月29日から4月2日。国連大学主催の国際シンポジウム「世界の地理的―文化ビジョン」がイギリスのケンブリッジ大学で開かれ、文化史・文化論の研究者が12か国から参加し、日本からは哲学者・故芝田進午氏(当時広島大学教授)が出席し報告した。

 報告を練る際に芝田氏が心をくだいたことは、いかなる学術用語・基本概念・キーワードを使うかということだった。
 シンポジュウム提出論文(英文)で使った基本概念、シンポジュウム口頭報告で解説し国際語として普及することを氏が望んだ用語こそ「ヒバクシャ」(Hibakusha)という日本語であった。

 芝田氏の問題意識の核心は、「核時代のはじまり以来の人類の歴史は、原爆犠牲者としてうまれた“ヒバクシャ”の範囲がますます拡大し、多様になり、ついには全人類におよんできた歴史であり、またこのことが認識され、自覚されてきた歴史である」という点にあった。

 すなわち、いまや地球上の人間はすべて“死の灰”を身体のなかに吸収させられており、その遺伝的影響を予測できないこと。すでに全人類はいまや潜在的被曝者になっているという視点である。芝田氏は、シンポジュウム報告の際に「あなた方やあなた方の家族もすべてヒバクシャなのだ」と喝破された。

 氏は「ボード…をつかい、片仮名で“ヒバクシャ”、ローマ字で”HIBAKUSHA”と横書きし、ついで板書によってその意味する範囲をつぎのようにしめした」。(「被爆者」は「核という火の暴力」により、また「被曝者」は「核によってつくられた日の暴力」により殺され冒涜された人びとと区別した点に留意)

「核時代Ⅰ 思想と展望」芝田進午(1987)

Ⅰ 被爆者(ヒバクシャ)

a 原爆で殺された死没ヒバクシャ ― ヒロシマナガサキにいた日本人にくわえて、両市に移住ないし強制的に連行させられていた朝鮮人、中国人、その他のアジア人、ならびにアメリカ人、イギリス人、オランダ人、等の捕虜をもふくむ

b 原爆地獄から奇蹟的に生きのこった生存ヒバクシャ  ― 右に(引用者注:原文は縦書きであるためこの引用では「上記に」の意)同じ。約四〇万人の日本人のほか南北朝鮮に帰国した朝鮮人、祖国に帰国した中国人、インドネシア人、等、および北米に移住した日系アメリカ人、カナダ人、等のヒバクシャをふくむ

c 被爆二世・三世

 

Ⅱ 被曝者(ヒバクシャ)

a アメリカ・イギリス軍の兵士ヒバクシャ ― ヒロシマナガサキに進駐し、放射線に汚染されて、原爆病になったとみられる兵士たち

b 核実験によるヒバクシャ ― 第五福龍丸乗組員をはじめとする日本人ヒバクシャ、ビキニ環礁ネヴァダ、等をはじめとする中部・南部太平洋、アメリカ大陸の住民たち(ソ連・中国、等にも存在する)

c 核実験に参加した兵士ヒバクシャ ― アメリカだけで約五〇万人と推定される

d ウラン鉱山、ウラン・プルトニウム精錬工場の労働者ヒバクシャ

e 原発労働者

f 他の放射線によるヒバクシャ ― 核実験、原発事故、核燃料サイクルに由来する放射線によるヒバクシャで、死産になった“死にすぎた赤ん坊”ならびにすでに死んだ、あるいは死につつある“成人ヒバクシャ”をふくむ

 

Ⅲ ヒバクシャ

a 全人類 ― 核実験による死の灰原発による放射性物質を身体のなかに吸収してしまった潜在的被曝者(ヒバクシャ)としての全人類

b 全人類 ― 核戦争による絶滅でおびやかされつつある可能的被爆者(ヒバクシャ)としての全人類

(芝田進午「核時代Ⅰ 思想と展望」青木書店 p.68~p.69 1987年)

 岸田首相は、広島出身であり、広島を選挙区にしているにもかかわらず、核抑止論に加担し、みずからの履歴を政治的に利用して、ヒロシマ大義・人類の大義を裏切った。岸田首相は、核兵器国におもねり、核の傘のもとで、さらにNATO北大西洋条約機構)に一歩踏み入れようとしている。広島出身者として、日本人として、憲法を擁護すべき政治にたずさわる者として、指導者として、これらのことは何重もの意味で断じて許されることではない。

 芝田氏は、「”ヒバクシャ”という人間存在の意味を日本人として国民的に自覚すること、その言葉を国際的に通用させ、人類的意識にたかめること、このことなしには、人類は”ヒバクシャ”という人間存在であることから解放されないであろう」(同書 p.75)と喝破されている。

 現在に至るまで、日本は、核廃絶というヒバクシャの切なる願い・ヒロシマ大義と人類の大義を裏切って、核兵器禁止条約に批准していない。

 ”ヒバクシャ”という人間存在であることから人類が解放されるためになすべきことは明らかである。少なくとも核兵器禁止条約に背を向けることが許されないことは明白である。