2005-02-01から1ヶ月間の記事一覧

海外での私の学校訪問の経験

ジェフやマーガレットに誘われて、昨日高校訪問をした。 高校で英語教師をしているわりには残念ながら、これまで私は英語圏の学校見学をあまりしたことがない。 合州国では、コロラド州にあるロッキーマウンテン高校くらいしか見学したことがない。 オースト…

ニュープリマスの聖マリア教会を訪れる

聖マリア教会(St Mary’s Church)は、1846年に建てられた石造りの教会としては、ニュージーランドで最も古いものである。 タラナキ戦争で戦死した墓も多い。 聖マリア教会には、敵の勇気を讃え、ここに埋められたマオリのチーフもいる。

タラナキ戦争

ワイカト戦争と同じく、タラナキは、ニュージーランド戦争で有名な地域だ。 博物館の展示にもとづいて、概略を見てみることにしよう。 第一次タラナキ戦争(1860-1861) 最初の戦争は、ニュープリマス周辺、タタライマカ(Tataraimaka)とワイタラ(Waitara)で起…

孤高の山であるタラナキ山

タラナキ(Taranaki)は、もちろんマオリ語からの命名であるが、エグモント山は、あのクックが彼の探検を励ました人物から1770年に命名したものだと言われている。タラナキ地域では、タラナキもエグモントもどちらもよく使われ、タラナキ山もエグモント山も、…

タラナキとエグモント

車をとめた近くで、近所の年配の婦人がいたので話をしてみると、いつものようにニュージーラドの年配者の元気さと気品さとを感じたが、私が「タラナキ山は、本当に素晴らしい山ですね」「タラナキ山は、日本の富士山とちょっと似てますね」と、タラナキ山と…

タラナキを右に見ながら、ニュープリマスに向かう

昨日はジェフたちは月曜日で学校勤務だから、ニュープリマスを訪れるために私一人自分の車で出かけた。 オプナキからニュープリマスまでは1時間ほどのドライブになる。 途中、オカト(Okato)という町があり、第二次世界大戦に命を捧げた人たちのための供養塔…

タラナキ戦争の有名な跡地、テ・ングツ・オ・テ・マツを訪れる

タラナキ戦争についてはまた書くことになるだろうけれど、ワイカト戦争と同様に、タラナキ山周辺は、マオリとパケハの戦場の跡地があちこちにある。 テアワムツの博物館で知ったフォレストレインジャーのグスタブス=ヴォン=テンプスキー(Gustavus von Temp…

タラナキ周辺の平野をドライブする

日本の富士山なら五合目といったところだろうか、車でタラナキ山のナショナルパークに行くためのドライブとなった。 アイルランドに行くと、ドラムリンという小山がある。このドラムリンはたしか氷河によってつくられたはずだが、そのドラムリンのように、タ…

タスマン海の磯釣りは面白い

これはすでに昨日の日曜日の朝のことだが、ジェフの磯釣りに早速つき合うことになった。 ジェフが磯釣りやマス釣り、鴨狩りが大好きである話は前から聞いていたし、タラナキでの暮らしは、ハミルトンとは違うということもさんざん聞いていたから、私としても…

ランギヌイ=ウォーカーの評価

ランギヌイ=ウォーカーも、オークランド大学で教えていたようで、ランギヌイ=ウォーカーの考え方を当時は誰も理解しなかったが、今はすでに主流の考え方であるという。 その意味では、ランギヌイ=ウォーカーは、今日のスタンダードになりつつある考え方の…

イギリスの卵の殻は徐々に取り除かれつつある

あの「ワイタンギ条約」を書いたクローディア=オレンジは、彼の同級生で、彼の世代から、イギリスの殻がついたニュージーランドの歴史ではなく、ニュージーランド独特の見方が支配的になってきたという。 彼の二人の息子は、イギリスからは遠く、ここ南太平…

マイケル=キングの「ニュージーランドの歴史」は必読文献

マーガレットの連れ合いのジェフは高校教師であるから、私と同じ職業だ。 オークランド大学で歴史を学んだ人物であるので、数多く出版されている歴史の本の中で、何がお薦めか早速昨晩聞いてみた。 ジェフは最近の本の中では、マイケル=キングの”The Pengui…

タラナキ山の麓のオプナキに居候を決める

ハミルトンで私がお世話になっているホストファミリーのアレックスとジュディ、その長女のマーガレットはタラナキのオプナキに住んでいる。 昨日の夕方からそのタラナキの長女夫婦の家に居候をきめて、お世話になっている。 タラナキ(Taranaki)山は、昔から…

パエカカリキからタラナキをめざし、ワンガヌイからオプナキへ

テントを撤収して、片づけをして、タラナキ(Taranaki)をめざした。 ワンガヌイ*1では、有名なモウトア・ガーデン(Moutoa Gardens)を訪れた。 ここは1995年に4ヶ月マオリが占拠した場所として有名である。ウエリントンにあるテパパでも、この事件について扱っ…

車検と自動車検査と整備工場

私のニュージーランドの愛車のインプレッサだが、2月22日で、日本でいうところのいわゆる車検が切れてしまう。 まずは、登録料を支払わないといけないということで、郵便局で払ったが、情報はオンライン化されていた。これが、約200ドル。 さらに、ビークル…

残念ながらホリデイパークには、こそ泥は多い

2ドルかかるが、このホリデイパークでは、洗濯はできるし、乾燥機もある。 常時お湯が沸いている給湯器があり、もちろん料理もできるし、バーベキューだってできる。 「冷蔵庫のものは、自分の責任で置くこと」とあるけれど、冷蔵庫もある。 ところで、ホリ…

9日間泊まったパエカカリキのホリデイパークのテントを撤収する

8日と9日だけは、バックパッカーズモーテルに泊まったのだが、10日から18日までの9日間は、パエカカリキのテントに泊まっていた。途中わたしの娘が2日間泊まりにきたので、大人は一日10ドルと聞いていたから、110ドル+GSTくらいの支出になるかと思っていた…

ウエリントンは実にいい街だ

ウエリントンに8日の夜に着いて、18日まで、11日間ウエリントンにいたけれど、ウエリントンは、小規模で、いい街だ。 都会でありながら、人情があって、人は親切。ウエリントンでは、今や貴重になった都市の価値、つまり、便利な都会生活と人情とが共存して…

批判的に学ぶことの重要性

ニュージーランドと聞くときに、ニュージーランドのことを我々は、英語圏であること、クリーン・グリーンのイメージがあること、安全であること、そして物価が安いというような見方をしがちだが、それだけでよいのだろうか。 もう少し言うと、英語をありがた…

1943年2月25日のフェザーストン日本人捕虜収容所での発砲事件

1943年の2月25日に起きたこの事件は、すでに62年も前のことになる。 Michiharu Shinya氏は、銃声を実際に聞いたり、事件前後の文脈は理解しているものの、事件現場としては、同じ場所にいなかったので主に後日談として聞いたようだ。氏の英語版の本の反乱(Ri…

フェザーストンの日本人捕虜に対する発砲事件

オーストラリアのカウラにあった捕虜収容所の集団脱走による日本人大量殺害事件は有名な話だ*1。 戦前の日本の教育によって、名誉の戦死ならともかく、捕虜になって、おめおめと帰国することは生き恥をさらすことになるという考え方が徹底していたから、世間…

捕虜収容所体験の日本人による手記

もう一つは、フェザーストンの図書館で紹介を受けたMichiharu Shinya氏の本と同じく、櫻井甚作氏の個人の体験談にもとづくものである。自費出版された書物もあるが、以下はインターネットで読むことができる。 フェザーストンキャンプ跡地前の公園で私が見た…

フェザーストン日本人捕虜収容所での事件

ウエリントンのインターネットカフェで、インターネットを使って、フェザーストンの事件を調べていたら、二つくらい、この事件を扱った日本語によるサイトにぶつかった。 ひとつは、ニュージーランド大使館のサイトにあるもので、ナショナル・ビジネス・レビ…

パエカカリキでジェフに食事をおごる

今日一日つきあってくれたお礼に私は、パエカカリキのレストランで食事をおごることにした。 ハンドルでビールを二杯ずつ飲み、ジェフはハワイアンステーキ、私は魚料理を楽しんで、キャンプ地に戻った。

フェザーストンからワイララパ湖めぐりをする

ワイララパ(Wairarapa)湖から、ピリノア(Pirinoa)、そしてナーウィ(Ngawi)。 ナーウィは、フェザーストンの南東80キロくらい離れたところにある町だが、観光地というよりは地元産業といった漁業の町の風情がある。 ナーウィの漁船には、必ずといっていいほど…

ピナクルズのブッシュウォーキングを楽しむ

プタンギルア・ピナクルズ(Purangirua Pinnacles)というところで、ジェフと一緒に山歩きを楽しんだ。ここは、ワイララパ海岸の、人里離れた場所であるが、車が二三台とまっていて、山歩きを楽しんでいる人たちがいる。 雨で流されることによって形成された、…

リムタカを越えた高原鉄道の博物館を訪れる

フェザーストンで他に見るべきものとして、フェル蒸気機関博物館(Fell Locomotive Museum)がある。 ここでは、H199の蒸気機関を見ることができる。これは世界で唯一残されているフェル蒸気機関車だという。 その昔、ウエリントンからフェザーストンにかけて4…

フェザーストンの図書館と博物館を訪ねる

フェザーストンの図書館に行き、図書館員に尋ねると、以下の三冊の本の紹介を受けたが、残念ながら旅行中で今読んでいる暇がないというと、親切にも無料で表紙などの重要な情報を私のためにコピーしてくれた。 Owen Sanders “Incident At Featherston”(Heine…

フェザーストンのインフォメーションセンターに行く

インフォメーションセンターでは、「何か、日本軍捕虜に関する資料はありますか」と尋ねると、親切に探してくれたけれど、なかなか出てこなかった。ジェフが、こうした場合は、「当然、何かあるはずだけどね」と係の人に言ってもなかなか出てこなかった。よ…

フェザーストンのキャンプ地を訪れる

フェザーストンは、ウエリントンから70キロほど離れたところにある、ほんの小さな町である。 ところで、トラックに住んでいるジェフは、彼が住んでいる大型トラックの中に、普通の乗用車が収容できるようになっている。ジェフと私は、現在両方ともパエカカリ…