マオリ

マオリ土地戦争ゆかりの地を訪ね歩く−その4−

前にも紹介したと思うが、キャメロン将軍はフロンティアの作戦本部(headquarter)として、さらにワイカト軍の冬のキャンプ地として、テ アワムツを選んだ。 キャメロンたちが到着する少し前に、第40連隊が10フィートの塹壕と高い壁で守られた500名をも収容で…

ピロンギアのアレキサンドラ砦跡地

次に、ピロンギアの二つの跡地、Site 15-Alexandra Redoubt, Pirongiaと、Site 14-Alexandra East & West Redboubtsを訪れるためにピロンギアに行くことにした。 オハウポから、テ アワムツ方面には行かずに、左折してピロンギア、カーフィア(Kawhia)方面に…

オハウポの砦跡地を訪れる

まず、Site 23-Ohaupo Redoubtに行ってみることにする。 オハウポは、ハミルトンからテ アワムツに行く途中にあるATMもないような小さな町だ。 テ アワムツに行く途中、これまでに何度も通過したことがあるのだけれど、オハウポには一度も立ち寄ったことがな…

マオリ土地戦争ゆかりの地を訪ね歩く−その3−

ネビル=リッチー(Neville Ritchie)によって書かれた「1863年−1864年のワイカト戦争−主な出来事と跡地−」(‘The Waikato War of 1863-64 -A guide to the main events and sites-‘)という小冊子にもとづいて、マオリ土地戦争ゆかりの地を訪ねる旅の途中で、突…

マオリの村落跡・キリキリロアがハミルトンと名づけられる

ハミルトンからナルワヒアまでは、20キロ弱の距離で、いま私が滞在しているハミルトンは、大英帝国の軍隊によって、1864年にキリキリロア(のちのハミルトン)やケンブリッジに砦や建物が作られたのだが、これらはこれらの地にあって、ヨーロッパ的な最初の…

初めてナルワヒアを少し歩いてみた

ナルワヒア(Ngāruawāhia)は、何度も車で通ったことがあるけれど、歩いたのは昨日が初めてだった。ワイカト川とワイパ川の合流地点であるポイントを歩くと、とてもいい気分になれるいいところだった。 ナルワヒアは、もちろん、ワイカトマオリの拠点とも言う…

マオリの聖地・ナルワヒアにある軍艦パイオニアの装甲塔

イギリス軍はランギリリからさらに南下し、1863年12月8日、マオリからなんら干渉されることなく、ナルワヒアにたどり着いた。 今日なおナルワヒアには多くのマオリが住んでいるが、マオリ土地戦争前は、ナルワヒアの上に位置するワイパ渓谷の土地にマオリが…

マオリ土地戦争ゆかりの地を訪ね歩く−その2−

Site 7-Rangiriri*1 ランギリリの闘い*2はすでに紹介したが、流れの関係で再度触れておく。以下の内容も、小冊子’The Waikato War of 1863-64’を参考にして書いている。 1863年11月20日、キャメロン将軍指揮下の部隊が、メレメレからランギリリに向かって行…

ランギリリでお茶にして、一日を振り返る

メレメレから車で15キロほど1号線を南下し、帰りがけにランギリリの戦場跡センターに寄ってみた。 休憩としてお茶を飲んだのだが、センターの所長は中東に出かけていて、あいにく留守だった。 このカフェに飾ってあるウィレム=タミハナの肖像画やキャメロン…

マオリのメレメレ砦

次の目的地は、Site 6 Meremere。メレメレ砦である。 コヘロア高地での敗退以前に、ワイレム=タミハナ(Wiremu Tamehana)*1の指導下で、マオリは塹壕を用いてメレメレを防衛していた。 8月から10月にかけて、軍艦パイオニアと小高い丘にあるメレメレ砦とで砲…

ファンガマリノ砦とマオリのテ テオテオ居住地

Site 5 Whangamarino Redoubt and Te Teoteo’s Paは、なかなか見つけることができず、かなり周辺を走り回ってしまった。 結局、探し回ってみたが、標識を見つけることはできなかった。 再度、小冊子から学んだことを書いてみる。 コヘロア尾根で戦ったマオリ…

マーサーにあるイギリス軍の軍艦パイオニアの装甲塔

ポケノから5キロ南下し、右折してマーサー(Mercer)に入ると、すぐにガソリンスタンドやカフェのある駐車場のついたサービスエリアのような場所がある。 広い駐車場に車をとめて、ここからワイカト川の方に歩いていくと、数分もしないうちに、Site 4-Pioneer …

コヘロア尾根古戦場

次の目的地は、Site 3-Koheroa ridgeだが、現在は農場地として私有地になっているようなので眺めるだけにした。 マオリ土地戦争は、1863年7月から1864年4月にかけて闘われたのだが、1863年7月17日、コヘロア砦の南方の高台にいたマオリに対して、キャメロン…

イギリス軍のエグリントン砦

小冊子が紹介する次の歴史的跡地は、ポケノから3キロ下ったSite 2-Eglinton Redoubtである。 オークランドからなら南下だが、ハミルトンから私は北上して来たから、来た道を戻ることになる。 1863年7月12日に、マンガタフィリ(Mangatawhiri)と呼ばれる小川を…

ポケノにあるイギリス軍の「イギリス女王の砦」

最初の目的地は、Site 1 –Queen’s Redoubt, Pokeno。これは「イギリス女王の砦」とでも訳すのだろう。名前から推測するに、イギリス女王が象徴であり、侵略戦争の「大義」だったわけだ。 ポケノでハイウェイ1号線を降りる。 ハイウェイ1号線を降りて町二入っ…

マオリ土地戦争ゆかりの地を訪ね歩く−その1−

ネビル=リッチー(Neville Ritchie)によって書かれた「1863年−1864年のワイカト戦争−主な出来事と跡地−」(‘The Waikato War of 1863-64 -A guide to the main events and sites-‘)という小冊子をテ アワムツ博物館にて二ヶ月ほど前に買い求めていたのだが、…

テ アワムツ博物館

昨日の日曜日はどこにも出かけなかった。 テ アワムツ博物館について、もう少しだけ書く。 テ アワムツ博物館の近くには、「砦通り」(Redoubt Street)と適切に名づけられている通りがあり、第40連隊の砦の跡地には、現在、赤レンガの警察署が建っている。 キ…

テ アワムツを再び訪れる

2ヶ月ほど前に訪れたテ アワムツ(Te Awamutu)を昨日再訪した。 ハミルトンからテ アワムツまでは、3号線を下って、30キロほどの距離で、町中を抜けて郊外に出ると、例のごとく法定速度が100キロだから、所要時間はそれほどかからない。 テ アワムツの博物館…

マタマタのファース塔を訪れる

マタマタ(Matamata)は、人口8000人ほどの町である。 マタマタのあたりは、典型的な田園風景が続き、サラブレッドの調教と育成で有名なところが少なくない。イギリス風のケンブリッジ(Cambridge)もマタマタも、そうした町だ。 ハミルトンからは、ロトルア方面…

Be Proud To Be A Māori

午前中に1チャンネルを見ていたら、2004年度のNgā Manu Kōreroの特集版をやっていた。 どうやらこれはマオリ高校生の弁論大会のようで、スピーチ部門、即興スピーチ部門、ちょっとした音楽演奏部門など、さまざまなエントリーがあるようだ。ちょっと驚いた…

ウエリントンはいい所らしい

その試験問題の中には、ウエリントンなどの地名をマオリ語に直すという問題があったのだけれど、予告はされていたけれど、新語について全く準備をしなかったアンドリューが、「ウエリントンはできなかった」と言った。 私もできなかったのだが、マオリ系の学…

誰がマオリ語講座を受講しているのか

1時にメンターのジョンが来た。握手をして、さっそくバーベキューのセッティングに彼は取りかかる。 次に、ラグビー好きのマオリのジョン(仮名)とアンドリュー(仮名)がコーラとピザをもってやって来た。そしてマオリのテレサ(仮名)が来た。彼女は、ス…

ああ、終わった、終わった

マオリ語の試験が今週で終わった。一昨日が口頭試験。10題の質問に答え、自分から5題の質問をするという試験だ。これが30点満点で19点だった。 今日の筆記試験は、前半がリスニング、後半が筆記試験だった。時間は一応2時間の試験となっていて、大学の規則で…

マオリ語による口頭試験が終わる

マオリ語もまとめの週に入っていて、今日は、口頭試験があった。一対一の面接口頭試験で、講師が10個の質問をするので、それに答えないといけない。さらに、こちらから5個の質問をしないといけない。 「今日は」とか「おはよう」などの挨拶や、「あなたの名…

残念ながら、マオリ語の市民講座は不成立だった

今日からマオリ語の市民講座が始まるので、大学の講義が始まるまでに、また別のカレッジ(高校)に登録しに行ってみたら、大変残念なことに、初級マオリ語は不成立だった。 今日はなんだかついていない。

南太平洋の見事な飾り

同じく、今日の「タガタ パシフィカ」で報道していたのだけれど、「Pacific Jewelry」という最近出版された本を紹介していた。 私はほとんど身体に身につける装飾品には興味がないのだが、テレビに写った装飾品には素晴らしい装飾品が多かった。はっきり言っ…

オークランド大学の新施設ファレのお披露目に感銘を受ける

日曜日のテレビでは、朝8時からのチャンネル1の「タガタ パシフィカ」(Tagata Pasifika)と、続けて、8時30分からの「アジア ダウンアンダー」(Asia Down Under)が、断然面白く、欠かさず私は見ることにしている。「タガタ パシフィカ」とは「南太平洋の人々…

チュートリアル最後のマオリ語の口頭発表が終わる

「ビーチに行く」というテーマでチュートリアル最後の口頭発表の課題が与えられたのは1週間前のこと。応用言語学やCALLの課題もあったので、メンターのジョンに手伝ってもらって原稿ができたのが、今週の火曜日。原稿の最終手直しをしたのが水曜日だ。それで…

マオリ語のメンター・ジョンのヘルプは涙が出るほど嬉しい

実は、今週の金曜日にマオリ語の口頭発表があるのだけれど、この原稿書きに、マオリのメンターのジョンに丸二日間ほど本当にお世話になった。原稿が完成した段階だから、まだ全く覚えていないのだけれど、本当にマオリのジョンはいい奴だ。 コータさんという…

タッチラグビーを初めてやってみて大いに疲れる

マオリ語の講師のヘミが一週間前から予告していたのだが、今日はタッチラグビー*1の日だ。 まぁレクレーションの一種でスポーツ大会みたいなものなのだが、マオリ語のクラスで出場しようということになっている。講師のヘミはかなりはりきっていて、練習用ス…